裁定の機会

前項で突然登場した裁定の機会について触れておこう。裁定の機会はファイナンスではまことに重要な概念であって、 なれないうちは驚くような応用方法に出くわすかもしれない。いろいろ出会って経験されることが理解が深まる早道だろう。

裁定の機会とは、現在から将来にわたってまったくコストをかけずに確実にお金を手に入れられる手法があるとき、 裁定の機会がある(存在する)という言葉の使い方をする。

もちろん理論上の概念であるから、税や仲介人への手数料など取引に関わる費用はもともと前提としていない。

わかりやすい説明から始めよう。安全資産利子率は一年で0.01と定まっている。もし今日100のキャッシュによって、 一年後に確実に103になる投資の機会があるとしよう。するとまちがいなくこの投資は1年で3の利益を生む。 これは裁定の機会である。

なぜなら、このようなチャンスがあるとするなら、100のキャッシュを利率0.01で借り入れてこれに投資すればよい。 この投資は1年後に元本100と利息1を返済し、まったくコストをかけずに確実にキャッシュ2を手に入れることになる。 このようなチャンスがあると知らされるなら、あらゆる投資家から莫大にキャッシュがつぎ込まれ、 そのリターンが享受されるだろう。

もう少し複雑にしよう。簡単のために借り入れ利息をゼロとする。 そして、将来の可能性は3つの状態しか発生しないとする。たとえば次のキャッシュフローのケースは、 いずれも裁定の機会がある。

\begin{array}{l|l} 現在 & 将来 \\ 0& 0 \\ & +10 \\ & 0 \end{array}

\begin{array}{l|l} 現在 & 将来 \\ +1& +1 \\ & +1 \\ & +2 \end{array}

\begin{array}{l|l} 現在 & 将来 \\ -1& 0 \\ & 0 \\ & 0 \end{array}

三つ目のケースは不思議だと思われるかもしれないが、売り買いあるいは貸し借りが逆の立場でも裁定の機会になりうるということである。 一方で、次のケースはすべて裁定の機会はない。

\begin{array}{l|l} 現在 & 将来 \\ 0& 0 \\ & 0 \\ & 0 \end{array}

\begin{array}{l|l} 現在 & 将来 \\ +1& -1 \\ & 0 \\ & +2 \end{array}

\begin{array}{l|l} 現在 & 将来 \\ -1& -2 \\ & +2 \\ & 0 \end{array}

数学的に定義するなら、現在と将来のキャッシュフローのすべてが非負で、かつ少なくとも一つ以上が正であるとき、 裁定の機会があるという。

そして、無裁定あるいは無裁定条件という言葉も使われるが、これは裁定の機会がないことをいう。

裁定の機会がないことを「ノー・フリー・ランチ(ただ飯は無い)」ともいうが、まさにしかりである。 コストゼロで確実に儲かる取引があるならば決して市場はそれを見逃さない。

前項で見た先物取引をふたたび思い出されるとよいのである。現実において、$S_0$と$e^{-rt}f_0$を比べることで、 裁定の機会をチェックできることになる。

上の例は現在と将来の時間差における議論だが、同一の時間軸でも地域差による裁定の機会が考えられる。

無裁定であるなら、一つの資産がこちらの市場で100で取引され、あちらの市場で103で取引されていれば、 その鞘抜き(裁定)を狙って投資家が動き、たちまちにその差を埋めることも意味する。 このことを「一物一価」というが、やはり無裁定の条件によって支えられている。

ファイナンスは資産の価格を分析するときに、伝統的な経済学による需給の均衡条件よりも、無裁定条件を利用することがおおい。



















































































現物に対する先物のリスクヘッジはよく使われる投資手法だろう。






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