裁定定理

解説の順としては早すぎるかもしれないが、このホームページは行き当たりばったりを旨とするので、裁定の機会に触れたついでに、 ファイナンスの基本定理と呼ばれる裁定定理について紹介しておこう。

裁定定理は市場の均衡として説明されることが多く、数理ファイナンスの天王山にあることをご存じの方はたじろがれるかもしれないし、 前触れもなく唐突に思われるかもしれないが、もっとプリミティブで身近なものだと感じていただくのもよいと思う。

市場に三つの資産、安全資産$B$、株式$S$、そしてオプション$C$があるとする。現在三つの証券には価格が定まっているが、 次の時点(将来)では変化が二つの途しかなく、状態1となるか、状態に2となるとする。

期間$t=1$とし、安全資産利子率は$r$、連続複利$e^r$と考えると、

\begin{array}{l|ll} 現在 & 将来 & \\ & 状態1 & 状態2 \\ B& Be^r & Be^r \\ S& S_1 & S_2 \\ C& C_1 & C_2 \end{array}

このモデルを前提とすれば、裁定定理とは、市場における裁定の機会と状態価格の関係について以下のことを主張する。

 

裁定定理

(1)将来の状態の種類に対応して正の状態価格$z$が存在し、 \begin{eqnarray*} B&= &Be^rz_1+Be^rz_2 \\ S&= &S_1z_1+S_2z_2 \\ C&= &C_1z_1+C_2z_2 \end{eqnarray*} が成立するなら、市場は無裁定である。

(2)市場に裁定の機会が存在しないならば、正の状態価格$z$が存在する。

 

われわれは基本的に市場が無裁定であり、ひとつの資産に一つの価格が定まることを期待したい。そのことはさほど厳しい条件とは考えていないから、 自然とその前提で話を進めている。さもなければ議論がなかなかやっかいになることはいうまでもない。

裁定定理は市場が無裁定であるなら、それらの根底に状態価格というある理論的な値が存在することが必要十分であることを保証するのである。

必要十分であるから、状態価格が存在すれば市場は無裁定であると宣言できるし、無裁定を仮定すれば状態価格が存在することを利用できるのである。

裁定定理の一つ目の式は、 \[ q_1=e^rz_1,\qquad q_2=e^rz_2 \] とおけば、$B=B(q_1+q_2)$より、 \[ q_1 +q_2=1 \] となり、この$q$をリスク中立確率という。リスク中立確率は状態価格の別表現でもある。 したがって、裁定定理を利用すれば、「市場に裁定の機会が存在しないならば、リスク中立確率が存在する」ともいえる。

裁定定理はリスクの市場価格を利用した別表現もある。つまり、「市場が無裁定であれば、リスクの市場価格がある。」ということであるが、 これらは別の項に委ねよう。

裁定定理の証明は資産の数を増やして、無限の将来の状態や連続時間を前提とした一般的なものにしていくと、 非常に高度な数学となるのでさらにここで立ち入ることは控えよう。

そこまでいかなくても、連立方程式が解を持つためには、係数の行列の階数(ランク)が変数の数に等しくなくてはならないことを、 ちらりと頭に思い浮かべておかれたい。数値例をひとつ試みよう。

安全資産利子率0とし、現在の株式価格1000、将来の状態1の時2000、状態2の時750、オプションの行使価格1500、 従ってペイオフは状態1の時500、状態2の時0となり、このオプションの現在価格は100であるとする。

\begin{array}{l|ll} 現在 & 将来 & \\ & 状態1 & 状態2 \\ B& B & B \\ S=1000& 2000 & 750 \\ C=100& 500 & 0 \end{array}

この例では、安全資産利子率0であるため、 \[ z_1=q_1=0.2,\qquad z_2=q_2=0.8 \] を求めることができ、市場は無裁定である。

裁定定理においては、オプションは株式の派生であるので、独立な方程式は安全資産と株式と考えておく。 これで求められた解は式をすべてを満足している。

 

先物価格(裁定定理)

無裁定条件によって価格が導出されているのであるから、裁定定理を適用して別の形で先物価格を求めてみよう。$t$は先物の決裁期日である。

いま将来の場合が二つであるとする、先物の現在価値はゼロであることを利用して、市場が無裁定であるなら裁定定理により、 \begin{eqnarray*} B&= &Be^{rt}z_1+Be^{rt}z_2 \\ S&= &S_1z_1+S_2z_2 \\ 0&= & (f_0-S_1)z_1+(f_0-S_2)z_2 \end{eqnarray*} となる$z$が存在する。

上の解説でオプション$C$とした資産に先物$f$を考えた時、現在価値が0で、将来価値が$f_0-S$としていることに注目されたい。

一行目の式より、$z_1+z_2=e^{-rt}$であるから、2行目の式と$z_1+z_2$を三行目に代入すれば、 \[ f_0=e^{rt}S \] によって先物価格が求められることになる。

難しく考えなければ、他の資産のことは考慮する必要はないし、将来の状態が増えても応用できることもわかる。 裁定定理を認めると、先物価格の導出はこちらのほうが簡単と感じられるかもしれない。






























裁定定理ははじめて聞くと驚くかもしれない。さまざまな疑問はともかく広い眺望を感じられるとよい。


市場が無裁定であれば、元手がゼロでリスクが無く、将来利益を生む取引があってはならない。






















リスク中立確率と状態価格の関係を表す。





リスクの市場価格と無裁定条件も同値な間柄になる。



























inserted by FC2 system