状態価格の応用
前項に続けて、裁定定理にある状態価格について補足の説明をしよう。裁定定理とは次のような主張であった。
(1)市場にある資産(以下の例では3つの資産$S,B,C$)の将来の状態の種類(以下では2つの状態)に対応して、正の状態価格$z$が存在し、 \begin{eqnarray*} B&= &Be^rz_1+Be^rz_2 \\ S&= &S_1z_1+S_2z_2 \\ C&= &C_1z_1+C_2z_2 \end{eqnarray*} が成立するなら、市場は無裁定である。
(2)市場に裁定の機会が存在しないならば、正の状態価格$z$が存在する。
ここで、$B$は安全資産、$S,C$はリスク資産である。
リスク中立確率
先の項の繰り返しだが、リスク中立確率は、裁定定理の状態価格から生み出すことができる。
リスク中立確率$q$という名称は、この確率分布による期待値を安全資産利子率で割引くと、 現在価格をもたらすという性質からきている。状態価格$z$を使って、 \[ q_1=e^rz_1,\qquad q_2=e^rz_2 \] とおけば、一番目の式から、 \[ q_1+q_2=1\quad (q_1,q_2\gt 0) \] であり、確率分布の条件は満足しているように見える。
そして上の二番目と三番目の式を$q$を利用して書き直せば、 \begin{eqnarray*} S&= &e^{-r}(S_1q_1+S_2q_2) \\ C&= &e^{-r}(C_1q_1+C_2q_2) \end{eqnarray*} となるから、$S,C$は現在価格となるので、$q$がリスク中立確率の定義を満足することは直ちにわかる。
状態価格があれば、リスク中立確率があるのである。
またこれらの二つの式をさらに変形すると、 \begin{eqnarray*} \frac{S_1}{S}q_1+\frac{S_2}{S}q_2&= &e^r \\ \frac{C_1}{C}q_1+\frac{C_2}{C}q_2&= &e^r \end{eqnarray*} となる。
つまり、リスク中立確率のもとでは、リスク資産の期待収益率はつねに安全資産利子率になる。
複製ポートフォリオ
次に、リスク中立確率と複製ポートフォリオの密接な関係を確認しよう。 裁定定理が成立しており、複製ポートフォリオを作成できれば、それは元の資産と等価となる。
単純に考えれば、裁定定理が成立すれば、一物一価となるから、ある資産のまったくの複製があれば、 それは同一の価値を持つことは、さほど疑われるべきことではない。
ある資産の複製とは、もとの資産とまったく同一のペイオフをもつ別資産の適当な数量の組である。 複製ポートフォリオの焦点は組成する数量になる。
冒頭のモデルで安全資産$v$単位と株式$w$単位でオプションのペイオフを複製すると、 簡単のために安全資産の価格を1としても問題ないので、 \begin{eqnarray*} S_1w+e^rv&= &C_1 \\ S_2w+e^rv&= &C_2 \end{eqnarray*} という連立方程式が成立する$v$と$w$でなければならない。 逆にこのような$v,w$があれば、安全資産と株式によってオプションの複製が作成できる。
これを解けば、 \[ w=\frac{C_1-C_2}{S_1-S_2},\qquad v=e^{-r}\frac{C_2S_1-C_1S_2}{S_1-S_2} \] であって、この数量で複製ポートフォリオが生み出される。
数量$v,w$は不変であるから、そのまま使うと複製ポートフォリオによるオプションの現在価格は、 \[ C=Sw+v \] だから、 \[ C=S\frac{C_1-C_2}{S_1-S_2}+e^{-r}\frac{C_2S_1-C_1S_2}{S_1-S_2} \] となる。
さらにこの式は状態価格を経由して変形すると、リスク中立確率による現在価格の式に一致することがわかる。 まず、$S=S_1z_1+ S_2z_2$を代入すれば、 \[ C=e^{-r}\frac{C_2S_1-C_1S_2+(S_1z_1 + S_2z_2)(C_1-C_2)e^r}{S_1-S_2} \]
この分子を計算すると、$e^r$を中に入れて、$q_1,q_2$とすれば、$q_1+q_2=1$ をうまく使って、 \begin{eqnarray*} 与式&= &C_2S_1-C_1S_2+C_1S_1q_1-C_2S_1q_1+C_1S_2q_2-C_2S_2q_2 \\ &= &C_2S_1(1-q_1)-C_1S_2(1-q_2)+C_1S_1q_1-C_2S_2q_2 \\ &= &C_2q_2(S_1-S_2)+C_1q_1(S_1-S_2) \end{eqnarray*} となり、元の式に戻すと、$(S_1-S_2)$が消えて、 \[ C=e^{-r}(C_1q_1+C_2q_2) \] 求める式が得られた。
すなわち将来も現在も、$C$と$Sw+v$は同じ価値となっている。 複製とは同じ価値を持つ双子の資産をポートフォリオによって生み出すことをいうが、 この双子は当然同じ価格を付与されることになる。
われわれは、$C$を調べる代わりに、$Sw+v$を調べてもよいという、手段を手に入れたことになる。
リスク中立確率と複製ポートフォリオは市場に裁定の機会が無いという無裁定条件が成立すると、 裁定定理が保証する状態価格によって、密接に関連しているのである。