効率的市場仮説

数学をツールとして議論を進めていると面白いものだから、定理や公式、計算や証明の理解や解釈に注意が集中して、 ついファイナンス本来の関心事項がおろそかになるという状況になる方も少なくないだろう。

前項で偏微分方程式という、初等の数学とはいえない窓を開けて中を覗いてしまったので、 そのままオプションの解法に突入する気持ちで一杯になるのだが、 あえて数理ばかりに気を取られないように、心を落ち着かせるためのいくつか議論の前提となる話題を紹介しておこう。

まず、無裁定市場が成立するための市場の情報の流通についての仮定である。 これはデリバティブの議論のためだけのものではないので、本来なら株価変動の議論で取り上げるべきなのだろうが、 裁定の機会をやった今のほうが、より具体的に感じられるだろうと思う。

われわれがこのところ仮定している無裁定の市場では、一物一価が成立しており、もし裁定の機会が生じても、 たちどころに解消されることとしている。たちどころというのは、数学的な微小時間をどれだけ小さくしても それよりもさらに速いということである。

このような市場が十全の機能を果たすためには、社会に流通する情報をどの程度市場の取引が反映できるか、 また反映しているかが焦点となる。このため効率的な市場の状態は、次の三つで状態で定義される。

<効率的市場仮説の3つの状態>

  1. ウィークフォーム:現在の証券価格が過去の価格に含まれている情報を反映している
  2. セミストロングフォーム:すべての公開された情報を反映している
  3. ストロングフォーム:インサイダー的な情報も含めてすべての情報が反映されている

もう少し具体的な説明を追加してみよう。それは次のとおりである。

もしウィークフォームの市場であるならば、過去の企業株価をいくら研究してもその結論から新たなチャンスは生まれない。 一口で言うと株価罫線やチャートは役に立たない。それを市場は完全に織り込んでいる。

セミストロングフォームな市場であれば、新たな企業業績の情報が発表されるたびに価格が直ちに動いて、 新たな情報が価格に反映されることになる。いいかえれば、非公開の情報でないと、市場に勝つ(beat the market)ことはできない。

これも一口で言うと公開情報で分析しているだけのアナリストや詳しい人の分析は役に立たないということである。

ストロングフォームであれば、ありとあらゆる情報が瞬時に反映されるのであるから、誰も市場の先を行けず、 偶然の幸運でしか市場に打ち勝つことはできないことになる。

われわれは裁定定理の成立を信じており、常に一物一価であることを前提としているので、ストロングフォームな 効率的市場仮説にたっていることになる。

市場の株価の変化を次のモデルで表して、効率的市場仮説を考えてみよう。

基本とするモデルをつぎのように考える。 \[ P_t=P_{t-1}+Q_t \] 現在の価格$P_t$が1期前の価格$P_{t-1}$とその期の何かの変動$Q_t$で表されるとする。この設定はさほど不自然ではなく、 まずはもっともだろう。焦点は$Q$の扱いである。

ここでもし$Q$が、 \[ Q_t=Q(P_{t-1},P_{t-2},\cdots) \] という過去の価格の関数であるならば、今期の変動が過去の価格からだけで決定されることになるので、 過去の価格を研究すれば、将来の価格が予想できることとなる。

市場がこのモデルであればウィークフォームとなる。

しかし、将来の価格変化の予想において、過去の価格変化を利用するだけでは不十分であるということは周知のことである。 もし$Q$が過去の価格とは独立の変数$\epsilon$の関数となるなら、 \[ Q_t=Q(\epsilon_t) \] であるから、最新の価格$P_t$は今期の新たな情報だけによって変化することを意味する。

新たな情報は当然さまざまものである。それぞれは独立に生じ、特別に定まったドリフト(平均的な伸び)は持たないと考える。

したがって、$Q$は平均0の正規分布に従い、 \[ Q(\epsilon_t)\sim N(0,\sigma) \] と考えよう。もはや変数$\epsilon$の添字$t$はあまり意味はない。 もちろん独立でドリフトが無いというだけで$N(0,\sigma)$の条件をおくことは進みすぎで、 厳しすぎるかも知れないが、様々な分布の事象が重なり合えばこのような条件に集約されると考えるのもさほど無理はなかろう。

故に、 \[ P_t=P_{t-1}+Q(\epsilon_t)\qquad (Q(\epsilon_t)\sim N(0,\sigma)) \] 結果として株価はランダムウォークすることになる。

現在の株価は過去のランダムな独立増分の積み重ねになっていることになっており、 効率的市場仮説は株価がランダムウォークすることを支持する仮説となっているのである。

そしてランダムウォークの極限はブラン運動となるのである。

少し数学的な余談を述べるなら、上へ下へとランダムウォークすれば、 平均ゼロが一番多く現れるのではないかと思われるかもしれないが、実は平均ゼロは発生する確率は一番小さいことが証明される。 これを逆正弦法則と呼ぶ。リスクと同様に社会的な通念とは異なるものだろう。

もし特別なドリフト$\mu$があるなら、それは過去の価格の影響が残ることになっており、 \[ P_t=P_{t-1}+Q(\epsilon_t,\mu(P_{t-1},P_{t-2},\cdots))\qquad (\epsilon_t\sim N(0,\sigma)) \] となる。ブラックとショールズが仮定した株価は、定数ドリフト付きの対数正規分布に従うものだから、 このような議論から生まれたものとも考えられる。

 






















































































ランダムウォークの極限がブラウン運動になることは別項で説明しよう。










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