二項モデルの株価期待値

コールオプションの合理的な価格算定の基礎となる株価期待値について、補足の説明を追加しておこう。

株価の変動モデルとして採用した二項モデルでは、現時点の株価に対し、次の将来の時点で起きる状況は常に二つと考え、 もし株価が現在$S$ならば、次の時点の将来は上昇$uS$するか、下落$dS$するかの、二つのケースのいずれかがだけが発生する。 上下率の関係は次のとうりになっている。 \[ 0\lt d\lt e^r\lt u\] $e^r$は安全資産利子率である。そしてこれらがパラメータとして一定の値のままで価格変化が継続する。

 0   1   2   ・・・
 $S$  $uS$  $uuS$
    $dS$  $udS$
      $ddS$

0時点から取引が開始されて、$t$時点までで$n$回の変動が生じた後の株価の基本となる公式は、 \[ S_t=S_0u^xd^{n-x} \] と表されることになる。$x$が上昇した場合の回数で、$n-x$が下落した場合の回数である。

$t$時点を権利行使時点とする。$t=n(dt)$あるいは$dt=t/n$として、価格変化が生じる単位を$dt$期間にする。 安全資産利子率も$e^{rdt}$と整合性をとることになる。

そして、変化率$u$と$d$を適当な伸び率$\mu$を含んだものとして、 \begin{eqnarray*} u&= &\exp (\mu dt+\sigma \sqrt{dt}) \\ d&= &\exp (\mu dt-\sigma \sqrt{dt}) \end{eqnarray*} とおくと、t時点の株価は代入して、整理すると、 \[ S_t=S_0\exp\left\{\mu t+\sigma\sqrt{t}\left( \frac{2x-n}{\sqrt{n}} \right) \right\} \] となるのであった。

繰り返すと、この二項モデルは、$(0,t)$の期間をn個に分割し、$dt=t/n$ という一つの区間の中でかならず、 株価が一回の上昇か下落をくり返すことを想定した離散型の株価モデルである。

ではこの$n$をどんどん大きくして、$dt$を整合性を取りながら小さくしたとき、その値はどうなるであろうか。 焦点は、リスク中立確率の性質が正しく維持されるかどうかという点である。

離散型の株価過程の項の終わりに述べたように、上下変動が自然確率$p=1/2$ で発生するならば、 指数につく中括弧のなかは$n\rightarrow\infty$ によって標準正規分布$N(0,1)$に収束することがわかっている。 \[ \sqrt{t}N(0,1)\sim N(0,t)\sim W_t \] として、ウィーナー過程へと変換しておくと、 \[ S_t=S_0\exp(\mu t+\sigma W_t) \] と表記できることになる。

すこし先走って脇道にそれておくと、この確率微分方程式を求める。伊藤積分を使って、 \[ dS_t=S_t\left(\mu+\frac{\sigma^2}{2}\right)dt+S_t\sigma dW_t \] である。詳細は後の連続モデルで触れるが、 微妙な離散と連続モデルの相違$(\sigma^2/2)dt$が生じていることに気づかれるであろう。

では元に戻って、$n$を増やして、$t$時点の株価の期待値の極限を求めよう。期待値をとるための確率分布は自然確率ではなく、 今度はリスク中立確率である。リスク中立確率$q$は、前項で得たとおり、 \[ q=\frac{1}{2}\left\{1-\sqrt{dt}\left( \frac{\mu+\frac{1}{2}\sigma^2-r}{\sigma} \right) \right\} \] である。これは一回の変動時の上昇の確率を表し、下落時の確率は$1-q$である。

求めたいものは、$x$回の上昇と$n-x$回の下落が生じたときの株価の期待値であるから、 \[ E_q(S_t)=E_q\left[S_0\exp\left\{\mu t+\sigma\sqrt{t}\left( \frac{2x-n}{\sqrt{n}} \right) \right\} \right] \] となるのだが、さらに$n\rightarrow\infty$で$dt\rightarrow 0$とするなら、詳しくは、 \[ E_q(S_t)=\lim_{n\rightarrow\infty}\sum_{x=0}^n\binom{n}{x}q^x(1-q)^{n-x}\left[S_0\exp\left\{\mu t+\sigma\sqrt{t}\left( \frac{2x-n}{\sqrt{n}} \right) \right\} \right] \] となる。

この式を直接計算することはなかなか大変なので、中心極限定理を都合よく援用して極限計算を容易にしよう。 前項と同じように確率変数は$x$だけであるので、$(2x-n)/\sqrt{n}$ の確率分布$q$における期待値と分散を求める。

二項過程の期待値$nq$、分散$nq(1-q)$の公式を使って、先のとおり、 \begin{eqnarray*} E_q\left( \frac{2x-n}{\sqrt{n}} \right)&= &-\sqrt{t}\left( \frac{\mu+\frac{1}{2}\sigma^2-r}{\sigma} \right) \end{eqnarray*}

\begin{eqnarray*} V_q\left( \frac{2x-n}{\sqrt{n}} \right)&= &1-\frac{t}{n}\left( \frac{\mu+\frac{1}{2}\sigma^2-r}{\sigma} \right)^2 \end{eqnarray*} となる。この分散は$n\rightarrow\infty$ とすれば1に収束することが見ればわかるので、中心極限定理によって、 \[ \frac{2x-n}{\sqrt{n}} \sim N\left[ -\sqrt{t}\left( \frac{\mu+\frac{1}{2}\sigma^2-r}{\sigma} \right),1 \right] \] となる。

これを元に戻せば、 \begin{eqnarray*} E_q\left( S_t \right)&= &E_N\left[S_0\exp\left(\mu t-\sigma\sqrt{t}\sqrt{t}\left( \frac{\mu+\frac{1}{2}\sigma^2-r}{\sigma} \right)+\sigma\sqrt{t}\epsilon\right) \right]\quad ( \epsilon\sim N(0,1)) \\ &= &E_N\left[S_0\exp\left( \left(r-\frac{1}{2}\sigma^2 \right)t+\sigma W_t \right) \right]\qquad ( W_t\sim N(0,t)) \\ &= &S_0e^{rt} \end{eqnarray*} となる。つまり \[ S_0=e^{-rt}E_q(S_t) \] によって、$n\rightarrow\infty$ という極限に達しても安全資産利子率で割り引けば、リスク中立確率の期待値から現在価格が求められることが保証された。 どれだけ$n$を大きくしても問題が生じる心配はないことになる。

前項のオプションの価格算出は、この原理を利用したのである。 \[ C_0=e^{-rt}E_q(C_t) \]

リスク中立確率による極限の期待値導出の演繹の中には、自然確率は含まれてこない。 したがって、CRRの提案によるモデルであるならば、$\mu=0$ とおけば、やはり同一の結果が得られることになる。

ところで最後に期待値をとる株価過程は、 \[ S_t=S_0\exp\left( \left( r-\frac{1}{2}\sigma^2\right)t +\sigma W_t \right) \] であって、$\mu$は含まれていない。これは何を意味するのだろうか。

あらためて考えると、投資家の株価に対する予測の反映は、二項モデルでは二つの形で適応することが可能となっている。

(1)定常的なドリフト($\mu\gt 0$)を持つ
(2)自然確率$p$において;上昇確率>下落確率 とする

(1)はこれまで主として説明してきた一般二項モデルである。自然確率$p$は0.5であった。 そして、(2)はドリフトをゼロとして自然確率に条件を設定したCRRの提案モデルである。(CRRモデルは上昇確率が0.5を上回るように計算される。)

しかし、リスク中立確率の適応は、この両方の予測を完全に打ち消して、株価が安全資産利子率で変動するものへと変貌させることを意味している。 投資家の予測は百者百態であろう。そしてリスク中立確率もそれに応じて百者百態となるが、 求められる結論は無裁定である限り同一の現在価格となるのである。

そしてこのことは、この後に触れるブラックとショールズが用いた連続モデルにおいても、 リスク中立確率を適応した株価の過程が同一の式となることでいっそう明確となる。 離散とか連続とか数学の手法も予測のひとつであると考えるなら、 リスク中立確率の適応は多様な予測を超えて同一の価格をもたらすことはしかるべくであろう。




































適当な都合で、$e^x=\exp(x)$と表す。

























伊藤積分も後に取り上げる予定です。





















二項分布は、
$B(n,q)=\binom{n}{x}q^x(1-q)^{n-x}$
である。ここで、$\binom{n}{x}$は、
組合わせの数を表す。


二項分布の期待値と分散は、
$E(x)=nq$
$V(x)=nq(1-q)$
となる。


中心極限定理は別項で紹介したいと思う。




































$E_N(\exp(\sigma W_t))=\exp\left(\frac{1}{2}\sigma^2t\right)$
であるが、求められるであろうか?








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