陽解法とリスク中立確率

リスク中立確率は、将来の価格期待値を安全利子率で割り戻したときに現在価格になる確率測度であった。 その意味を思い出しておいて、もう一度、陽解法の変数の関係と、差分方程式の係数を確認してみよう。 陽解法における変数の前後関係は、

格子点

となっており、差分方程式とその係数は次のようになっている。ただしここでは格子点の間隔が一定となるように対数変換した方程式を掲げている。 \begin{eqnarray*} C_{i,j} &=& \alpha^*C_{i+1,j+1} + \beta^*C_{i+1,j} + \gamma^*C_{i+1,j-1}\\ &\alpha^*& = \frac{1}{2}\frac{dt}{1+rdt}\left( \frac{r-\frac{1}{2}\sigma^2}{dy} + \frac{\sigma^2}{dy^2} \right)\\ &\beta^*& = \frac{1}{1+rdt}\left(1- \frac{\sigma^2}{dy^2} dt \right)\\ &\gamma^*& = \frac{1}{2}\frac{dt}{1+rdt}\left(-\frac{r-\frac{1}{2}\sigma^2}{dy} + \frac{\sigma^2}{dy^2} \right) \end{eqnarray*} ここで、$1/(1+rdt)=e^{-rdt}$である。

この割引部分を除けば、3つの係数を足したものは丁度1となっていることが目算で確認できるだろう。

すなわち、陽解法による差分方程式の係数は、リスク中立確率によって構成されているのである。

このことは、上記の格子点の関係を見れば明らかであって、将来が二つの状況で想定される二項モデルではなく、 三つの状況を想定する三項モデルと理解すればよい。

これまでわれわれは離散的な分析としては、二項モデルを中心に据えて、変化が二通りである前提での検討を行ってきた。 二項モデルは数学的に取り扱いが容易で簡明な結論が得られるが、決して二つの状況のモデルだけに縛られる必要は無い。 実際連続モデルでは無限の状況を想定している。

ブラックとショールズが得た偏微分方程式を数値的に解くために陽解法を導入すると、そこにフィットするものとして三項モデルが現われるのである。

 

三項モデル

ブラック・ショールズの偏微分方程式に近いモデルであるならば、 最初から三項モデルを議論すればよいではないかと思われる方もおられであろう。

しかし、三項モデルは残念ながら、代数的に解けないという悩みを持つのである。

それは、次のような連立方程式を考えると分かる。変動率を上昇$u$、維持$m$、下落$d$、リスク中立確率を$q$とすれば、 \[ \begin{array}{ll} & q_1+q_2+q_3=1 \\ & uq_1+mq_2+dq_3=e^{rdt} \\ & u^2q_1+m^2q_2+d^2q_3-e^{2rdt}=\sigma^2dt \end{array} \] となる。

1行目は確率の制約。2行目は収益率の期待値が安全資産利子率となるというリスク中立確率の性質に基づく。 3行目は期待収益率の分散がリスクとなる、いつもの条件である。二項モデルと比較して検算されるとよい。

この連立方程式は$q$だけを変数とみるならば解くことができる。しかし、変動率$u,m,d$を定めることができない。

CRR(コックス、ロス、ルービンシュタイン)が行ったようにさらに条件を追加してみよう。たとえばそれは、 \[m=1,\qquad ud=1\] とすることである。

\[ \begin{array}{ll} & q_1+q_2+q_3=1 \\ & uq_1+q_2+dq_3=e^{rdt} \\ & u^2q_1+q_2+d^2q_3-e^{2rdt}=\sigma^2dt \\ & ud=1 \end{array} \]

しかしこれでも5つの変数($q_1,q_2,q_3とu,d$)に対して、4つの式でしかなく、やはり解けない。

三項モデルはこのような取り扱いの不便さをぬぐい切れない悩みを持つのである。

このことは行列を利用して代数的に解を求める陰解法を考えたときに、上限と下限の境界値を外部から設定するか、 近似的に決めざるを得ないことと同一のものである。

 

条件の追加

5つの変数のうちどれかひとつを外部的に決めなければならないため、ハル(J.Hull)は、対数収益率の増分について、 \[d\log S=dy=\sigma\sqrt{3dt}(=u) \] とする条件を提案している。

この提案は差分方程式の係数を非常に簡明なものにする(計算負荷を削減する)ことから発想されており、この条件を代入すると係数は次のようになる。 \begin{eqnarray*} C_{i,j} &=& \alpha^*C_{i+1,j+1} + \beta^*C_{i+1,j} + \gamma^*C_{i+1,j-1}\\ &\alpha^*& = e^{-rdt}\left\{ \frac{\sqrt{dt}}{2\sqrt{3}}\left(\frac{r-\frac{1}{2}\sigma^2}{\sigma}\right) + \frac{1}{6} \right\} \\ &\beta^*& = e^{-rdt}\left\{\frac{2}{3} \right\}\\ &\gamma^*& = e^{-rdt}\left\{ -\frac{\sqrt{dt}}{2\sqrt{3}}\left(\frac{r-\frac{1}{2}\sigma^2}{\sigma}\right) + \frac{1}{6} \right\} \end{eqnarray*}

また、$d\log S=dy=\sigma\sqrt{3dt}$という条件は、CRR的に考えると、 \[ \begin{array}{ll} & q_1+q_2+q_3=1 \\ & uq_1+q_2+dq_3=e^{rdt} \\ & u^2q_1+q_2+d^2q_3-e^{2rdt}=\sigma^2dt \\ & u=\sigma\sqrt{3dt} \\ & ud=1 \end{array} \] となるので、未知数がu(あるいはd)とリスク中立確率qだけの四つの方程式となり解くことができる。

確認のために検算してみよう。計算は少し煩雑で、近似のために計算の順番に気を使わなければならないが、通常の3元連立方程式の手順である。

$q_2=1-q_1-q_3$を代入、 \begin{eqnarray*} & & (e^{\sigma\sqrt{3dt}}-1)q_1 + (e^{-\sigma\sqrt{3dt}}-1)q_3=e^{rdt}-1\\ & & (e^{2\sigma\sqrt{3dt}}-1)q_1 + (e^{-2\sigma\sqrt{3dt}}-1)q_3=e^{2rdt}+\sigma^2dt-1 \end{eqnarray*}

高位の近似と省略に注意して$q_1$について解くと、 \begin{eqnarray*} & &q_1 =\frac{rdt\sigma^23dt-\frac{1}{2}\sigma^2dt\sigma^23dt+\sigma^2dt\sigma\sqrt{3dt}}{6\sigma^2dt\sigma\sqrt{3dt}}\\ & & \quad =\frac{\sqrt{dt}}{2\sqrt{3}}\frac{r}{\sigma}-\frac{\sqrt{dt}}{2\sqrt{3}}\frac{\sigma}{2}+\frac{1}{6}\\ & & \quad =\frac{\sqrt{dt}}{2\sqrt{3}}\left(\frac{r-\frac{1}{2}\sigma^2}{\sigma}\right) + \frac{1}{6} \end{eqnarray*}

さらに、 \begin{eqnarray*} & & q_3=-\frac{\sqrt{dt}}{2\sqrt{3}}\left(\frac{r-\frac{1}{2}\sigma^2}{\sigma}\right) + \frac{1}{6}\quad ,\quad q_2=\frac{2}{3} \end{eqnarray*} なので、係数がリスク中立確率によって構成されていることが確認できた。

コンピュータの計り知れない計算力を頼った数値解析にも、それを利用しようとすると密やかにリスク中立確率が現われてきていることは、 まことに興味深い事実であるし、数学とファイナンスが生み出した理論の整合美の一つではないかと思うのである。



























































この連立方程式の組成は、2項モデルを参考にされたい。



























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