バリューアットリスク(VaR)

実務的なリスクコントロールでは正規分布の利用例が多い。リスクは不確実性であるから、当然何らかの確率分布を活用することとなるが、 その場合やはり中心極限定理を基礎とする正規分布の利用が多くなるのは納得できるであろう。

以下ではブラック・ショールズの株価過程(伊藤過程)と正規分布を応用した二つのリスク推定の代表事例を説明しよう。 いづれも株価過程の変数変換と伊藤の補題を思い出しておいていただくと分かりやすいと思う。

バリューアットリスク

一つ目の事例はバリューアットリスク(VaR)である。VaRとは、所与の信頼性の元で想定される最大の損失をいう。

これではとっかかりようもないから、いくつか説明を補足せねばならないだろう。企業はたくさんのリスク資産を抱えるのがふつうである。 リスクの低い情報公開の進んだ大きな企業の社債から、非常に高いリスクがあるといわれるヘッジファンドまで金融資産のバリエーションは豊富であって、 そしてそれらが強弱、正負と多種多様な相関をもっている。

個々の資産管理者はパフォーマンスを上げるために最善をつくすであろうが、必ずしも管理者の力量だけでは済まされぬ幸運もあれば不慮の事故もある。 すると資産全体を統括する立場のものあるいは経営は、では総資産としてどれほどのリスクを持つことになっているのか知りたいだろう。

そしてこの場合のリスクとは、リスクの負の側面だけをいい、例えば1ヶ月の間に95%の確率で発生しうる最大損失は、 どれくらいであろうかということを知りたくなるのが常である。 (この文章の確率95%はどちらかといえば損失額の大小にかかるのであって、発生の確からしさにかかるのではないと理解されたい。)

そしてその知りたくなる頻度は毎日あるいは毎週というせっかちなものとなろう。

バリューアットリスクとはこのような疑問に答えるための尺度である。従ってファイナンス的にいうリスクとは意味が異なり、 正確にはバリューアットマイナスリスクとかマナイスパフォーマンスとでも呼んだほうがよいかも知れない。

計測の頻度から考えて個々の資産から計算を積み上げることはできない。たくさんのリスク資産をひとまとめにして計測することになるから、 いつもの前提を置くことはさほど抵抗は無いだろう。

すなわちブラックとショールズがおいた瞬間収益率の前提である。総資産を$S$として、当面$\mu$の期待収益率、 $\sigma$のリスクで運用されていることとする。 \[dS=\mu Sdt+\sigma SdW_t \] この$W$はウィーナー過程であるから正規分布$N(0,dt)$に従う。

正規分布を標準正規分布$Z=N(0,1)$に変数変換すると、 \[dS=\mu Sdt+\sigma S\sqrt{dt}Z \] となる。さらに時間を離散的に導入する。$dS=S_{dt}-S$とすれば、 \[ S_{dt}-S=\mu Sdt+\sigma S\sqrt{dt}Z \] \[ S_{dt}=S(1+\mu dt)+S\sqrt{dt}Z\sim SN(1+\mu dt,\sigma^2dt) \] となる。

現在$S$の資産価値は、$dt$時間後に$S_{dt}$となるが、$S_{dt}$は平均$1+\mu dt$、分散$\sigma^2dt$の正規分布に従うことになる。 この2行目の等式の右辺の第2項の確率に適当な数値を割り当てると、バリューアットリスクとなる。

その考え方は、$Z$は標準正規分布に従う確率変数であるから、特定の値ごとに確率が定まっている。 例えば、正規分布の数表をみれば次のような数値を得ることができる。 \[\begin{array}{cc} Z & 1-\alpha \\ \hline -1.28 & 0.10 \\ -1.65 & 0.05 \\ -2.33 & 0.01 \end{array} \] 1行目は$Z$が-1.28以下の値をとることは10%以下、3行目は-2.33以下の値をとることは1%以下しかないことを意味する。

したがって、もし最大損失を99%で測定したいならば、 \[2.33\sigma\sqrt{dt} \] とすればよいことになる。具体的な数値でやってみよう。

総資産50百万円のポートフォリオがある、ボラティリティは年0.36である。この資産の1ヶ月のバリューアットリスクは、99%の信頼性の元で、 \[ 50×0.36×0.29×(-2.33)=-12.1 \] となる。ここの0.29は、$\sqrt{1/12}$である。99%の確率で最大損失は1千2百万と見込まれる。

もし99%をほとんど間違いないものと云うなら、1ヶ月で1千2百万以上の損害はほとんど間違いなく発生しないともいえることになる。

言葉で説明すると以上の内容になる。直ちに浮かぶ疑問は期待収益率すなわちドリフト分は不要なのであろうかということであろう。 理屈の上では省略することはおかしいが、実務の上では$\mu dt$の値は$\sigma\sqrt{dt}$に比べて非常に小さくなるため、 省略するケースが多いようである。

また分散にだけ注目しておくと、個別資産のバリューアットリスクとポートフォリオのバリューアットリスクが、 分散と同じ性質を保存するということにもなる。それはつぎのことをいっている。

2資産でポートフォリオを組もう。そのリスクはポートフォリオ管理の知識を使えば、相関係数$\rho$によって、 \[ \sigma_p^2=w_1^2\sigma_1^2+w_2^2\sigma_2^2+2w_1w_2\sigma_1\sigma_2\rho_{12} \] この両辺にバリューアットリスクのパラメータ$Z^2$を掛けてルートをとると、 \begin{eqnarray*} \sigma_pZ &= &VaR(p) \\ &=&(w_1^2\sigma_1^2Z^2+w_2^2\sigma_2^2Z^2+2w_1\sigma_1Zw_2\sigma_2Z\rho_{12})^{1/2} \\ &= &(w_1^2VaR(1)^2+w_2^2VaR(2)^2+2w_1w_2VaR(1)VaR(2)\rho_{12})^{1/2} \ \end{eqnarray*} となる。したがって、ポートフォリオのリスクで議論したように、相関係数$\rho$が1ならば完全相関であるので、 \[ VaR(p)=w_1VaR(1)+w_2VaR(2) \] となり、$\rho=-1$ならば、 \[ VaR(p)=w_1VaR(1)-w_2VaR(2) \] となって、相関係数のありようによってリスクとまったく同じように、VaRもポートフォリオを構築することによる削減効果が生じる。

実務的にはこのような指標の方が扱いやすいのである。

バリューアットリスクの導出

以下では実務とは離れてドリフトを正しく含めて数式として求めてみよう。

信頼性$\alpha$のもとでのバリューアットリスク$VaR_{\alpha}$を次のように定義する。 \[VaR_{\alpha}=S_{t+dt}-S_t \] 従って、上でやったように、$VaR_{\alpha}=dS_t=\mu Sdt+\sigma S\sqrt{dt}Z$ とできる。

これを信頼性$\alpha$の前提で確率の式で書く。信頼性が$\alpha$であるので、$VaR$が求めたい損失の量$v$以上となる確率を$(1-\alpha)$としたい。 不等号の向きに注意して、 \begin{eqnarray*} Prob\left( VaR_{\alpha} \leq v \right) &=& 1-\alpha \\ Prob\left( \mu Sdt+\sigma S\sqrt{dt}Z \leq v \right) &=& 1-\alpha\\ Prob\left( Z \leq \frac{v-\mu Sdt}{\sigma S\sqrt{dt}} \right) &=& 1-\alpha \end{eqnarray*} ところが、この確率の式は標準正規分布を仮定しているので、 \begin{eqnarray*} z = \frac{v-\mu Sdt}{\sigma S\sqrt{dt}}& &として、\\ \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty }^{z} e^{-\frac{u^2}{2}}du&=& 1-\alpha \end{eqnarray*} となるから、$\alpha$の値が定まれば、数値表から$z$の値が得られる。

先の例では$\alpha=0.99$であるならば、$z=-2.33$となる。故に \begin{eqnarray*} VaR_{\alpha}&=& v=\mu Sdt+ \sigma S\sqrt{dt}z \\ VaR_{(0.99)} &=& \mu Sdt-2.33 \sigma S\sqrt{dt} \end{eqnarray*} と簡単に表される。信頼性に対応した式を用意しておけば、直ちにVaRが計算できることになる。 ここでドリフトを省略すれば、ポートフォリオについても同様に扱うことができることは上で述べた。







一定期間の突発事象を考える場合は、ポアソン分布あるいは指数分布やガンマ分布を使うことがある。
この統計的な背景は別項で触れたいと思う。











































































































inserted by FC2 system