派生資産としての割引債

本格的な議論に進んでいこう。金利の変動に不確実性を導入するにあたって、分析に利用する債券(ゼロクーポン債)価格との関係を、 株式とオプション価格との関係と対比し、導出の考え方や組み立ての相違を明らかにしていく。

両方ともデリバティブと考えることができるのであるが、元になる不確実性を生み出す要因が異なるための相違点を整理しておくことが、 理解を早め混乱を避ける道だと思う。

株式とオプション

繰り返しとなるがオプションは、不確実性を伴う株式を原資産として派生する資産であって、我々はこの現在価格を求めることが目標であった。

原資産となる株式は市場で取引されており、現在の価格がついているが、将来に向かって不確実に変動する。その変動をブラックとショールズは、 \[ dS=\mu Sdt+\sigma SdW \] と表現することで研究をスタートさせた。

一定のドリフト(収益率の伸び)を持ち、正規分布を基にしたランダムなリスクから変動が生じる。 この微小変化が積みあがった先に将来の株価があるが、将来の株価は予測であり期待であるから、期待値作用素によって、 \[ E_p(S_t) \] となる。期待値の添え字は我々の感覚にある確率分布(自然確率)であることを意味する。

しかし、われわれの感覚にある確率分布にはリスクに対する見返りとしてのプレミアムが含まれており、 そのまま無リスクの金利で割引いても市場の価格にはならない。

ならば無リスクの金利で割引いたら市場価格となる理論上の確率分布をリスク中立確率として構成すればよい。 もしリスク中立確率がうまく見つけられれば、 \[ S_0=E_q(e^{-rt}S_t) \] が成立することになる。

一方、オプション価格は、原資産と時間に従うことから、 \[ C_t=C(t,S_t) \] と表される。

ここでリスク中立確率を使えば、同じリスクで変動するオプションの現在価格が、 \[ C_0=E_q(e^{-rt}C_t) \] と求められるだろう。

株式とオプションの関係を時間軸に添って上下に並べて描けば、ちょうど次の図のようになり、その対象性がよく分かる。

株式とオプション

  

割引債と金利

では金利に不確実性を導入するということはどういうことであろうか。

ゼロクーポン債は将来の満期日の償還額が確定している。そして現在価格も市場で取引されており値付けられている。 現在も終点も確定しているのである。

しかしこの債券の価格を決定するものを金利と考え、その金利が一定でなく不確実性を持つとすれば途中の動きは分からない。 それ故途中の価格と金利の変化を知りたくなる。

我々は定まった二点を結ぶ途中の価格の変化を生み出す金利の挙動を知ることが目標となるのである。

何故なら一般的にオプションに比べて債券の保有期間は長く、金利を一定と考えることは無理がある。 また取引し保有する金額の規模を考えたとき、現在価格の公正性や変動のリスクは決して無視できるものではないからである。

そして議論を一つの債券に限定せずもう一段広くを眺めてみると、償還までの残存期間が異なる多数の債券が存在する。

ある債券は1年で消滅するかも知れないが、20年、30年あるいは永久債(コンソル)という債券もあるのである。 金利は多種多様な債券に統一的な変動をもたらすものであって、特定の債券の消滅と共に無くなるものではない。

従って一度不確実性を持つ金利の挙動が判明すれば、金利の派生となる多種多様な債券はもちろん、 債券以外の様々な金利派生資産の価格評価が可能となるのである。

金利の不確実性は、やはりドリフトとリスクのランダム性を利用して、その微小変化を、 \[ dr=mdt+sdW \] と表す。

この段階ではまだ係数は定数とも何かの関数とも言い切れない。そしてすでに前項までに幾つかの金利のパラメータを定義したが、 どれを利用すればよいかという選択もある。

しかし金利そのものは取引される資産ではないから、単独でさらに議論を進めることは難しい。 金利の動向はあくまでも価値を持つ資産であるゼロクーポン債という債券市場のレンズをとおして見ざるを得ないのである。

そこでゼロクーポン債の価格は、その金利と時間に従い、 \[ B_t=B(t,r) \] と表されると考えよう。

そして市場で値の定まっている現在価格と償還額の関係に着目する。償還額を割引いたものが現在価格となる考え方に変更はないが、 その割引く金利が不確実性を持つため、期待値作用素が必要となる。定まった償還額を1と正規化しておけば、市場では、 \[ B_0=1\cdot E_q\left(e^{-\int_0^tr_sds}\right) \] となっていることが推察される。

当然現在価格は明らかとなっており、求めたいものは金利である。

そしてすでに確率分布はリスク中立確率になっていることに注意しよう。 二つの価格の関係は無裁定な状態が保証される市場の現在価格と償還額の関係だからである。

ではリスクプレミアムはどこにもないのかといえばそうではない。自然確率や金利に対するリスクプレミアムを考慮することは、 償還までの途中の価格について、現在値付けられている価格より低く考え、収益率を高くみることだから、 リスクプレミアム付きの将来金利は高いものとなると予想することであって、つぎのような図になる。

金利と割引債

例えば、単位期間で比較しても、半年金利は1年金利とは異なるが、1年償還の債券価格は半年償還の価格に比べて安く、 ふつう半年償還の金利を1年間に延長する以上に安い。

1年償還債は1年間が固定され無リスクとなるが、半年償還債は、半年後に新たな債券に乗り換える必要がある。 その乗り換えのリスクを反映すると半年後はいっそう低い価格、すなわち高い金利が期待されることになり、 このリスクを反映した期待と等価(無裁定)となるためには1年償還の債券価格は安く、金利は高くならざるを得ないからである。

すなわち市場は無裁定を保証するために、所定の期間の妥当なリスクプレミアムを現在価格に反映して無リスクとしていることになる。 その意味では金利分析の場合、リスク中立確率というより、リスク調整済み確率という用語の方が的確かもしれない。

一方投資家が金利が不確実性を持つと見ることは、債券価格と整合した現在から償還までの2点の間の金利の値を、予想し、 期待値を求めることであり、期待値を得ようとする確率分布に、感覚にある自然確率を使うか、 リスク中立確率とするかの違いが生じるということである。

そしてリスク中立確率を利用するということは、市場で裁定が発生しない価格をもたらす金利の期待値とするということである。

オプション、特にヨーロピアンオプションは権利行使日と現在の2時点の議論で済んだ。原資産がどのような変動を見せようと、 行使日だけを考えればよかった。

しかし債券は現在と償還日の価格は所与となっている。現在価格と償還額の間を直線で結んで一期間と考えるならリスクはない。 価格が変動する多期間の過程ではリスクプレミアムが存在する。

そして現在と償還日の間の変動を結びつける市場の金利の過程が得られれば、 それは無裁定であるからリスク中立確率の期待値で金利が予想されていると考えることができる。 リスク中立確率あるは無裁定の定義が異なるわけではないのだが、その捉え方が、株式やオプションのときと比べて若干回りくどいものになっている。

この項の説明はこの後の説明のためになんとなくでもイメージをつかんでいただきたいと差し挟んだもので、 いろんなテキストの具体的な数値例による解説をさらに確認されたい。

ただ、金利の変動を分析することは、オプションの価格決定のフレームワークを利用するが、 いくつかの相違点があり、その設定の違いをよく認識されておくことが重要であると思う。例えば、

(1)ヨーロピアンオプションのように現在と最終償還日の議論ではなく、金利と債券価格の期間内の挙動の分析である。
(2)株価がいくらでも小さく変動できるだけでなく、いくらでも短い残存期間、いくらでも遠い償還の債券が存在することを利用する。
(3)債券市場は無裁定であるが、原資産となる金利に取引市場は無い。

などである。そしてこれらのことは、ヨーロピアンオプションからアメリカンオプションに進んだ途端に議論がはるかに複雑になったように、 また市場の無い要因から生まれる不確実性とその派生資産といういっそう現実的な問題設定に進んだことから、 金利の研究がファイナンスという意味からも、数学的な面からも非常にデリケートで難解な手続きを必要とすることに繋がっているのである。























































































































確定した償還額は期待値の外に出てもよい。













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