リスク中立な金利過程

抽象的な説明だけでは理解しにくいであろうから、具体的な数値例によって、リスク中立な金利過程を構成してみよう。 離散型として二項モデルを利用する。項の終わりのほうで連続型あるいは瞬間レートへの拡張を試みる。

離散型の金利過程

まず市場から半年、1年、1.5年償還の債券価格を調べ、割引ファクターとスポットレートを計算する

現在価格 償還額 残存期間 割引ファクター スポットレート
98.0392 100 0.5 0.980392 $r_0$(0.5)=0.040
95.9287 100 1.0 0.959287 $r_0$(1.0)=0.042
93.6801 100 1.5 0.936801 $r_0$(1.5)=0.044

スポットレートは測定の時点を添え字で示している。

当面の問題として我々の知りたいものは金利の変化の過程であるから、市場(リスク中立確率)の、$r_{0.5}$(0.5)、 $r_{1.0}$(0.5)あるいは$r_{0.5}$(1.0)、すなわち半年後、1年後の6ヵ月スポットレートや半年後の1年スポットレートである。

この求めようとするスポットレートは現在推定しようとする将来の値だから正確にはフォワードレートであるが、 言葉を使い分けるとかえって煩雑なのでこのままスポットレートという言葉で進める。

次に再結合型の二項モデルで6ヵ月スポットレートの変動を仮定しよう。これは主観的な投資家の予想である。

時点 0 0.5 1.0
r(0.5) 0.0400 0.0450 0.0495
0.0410 0.0441
0.0395

二項モデルであるから、現在から次の時点の将来は二つの場合だけがあるとする。 再結合型を仮定するので、0から2時点への上→下という変動と下→上という変動は同じ値にたどりつくとする。 そして上下変動の生起する(自然)確率は0.5とする。

この予想に基づく自然確率による6ヵ月スポットレートの期待値は、次の計算をすればよい。 \begin{eqnarray*} E_p(r_{0.5}(0.5)) &= & 0.0450\times 0.5 +0.0410\times 0.5=0.0430 \\ E_p(r_{1.0}(0.5)) &= & 0.0495\times 0.25+0.0441\times 0.5+0.0395\times 0.25=0.0443 \end{eqnarray*}

従って、自然確率による金利過程は、

時点 0 0.5 1.0
$E_p$($r$(0.5)) 0.0400 0.0430 0.0443

となる。この自然確率による金利過程では、現在価格は得られない。残存期間1年、1.5年の現在価格を求めてみよう。 \begin{eqnarray*} \frac{100}{(1+\frac{0.0400}{2})(1+\frac{0.0430}{2})}&= &95.9757 \\ \frac{100}{(1+\frac{0.0400}{2})(1+\frac{0.0430}{2})(1+\frac{0.0443}{2})}&= &93.8959 \end{eqnarray*}

リスクの取り扱いが市場とは異なっていることが明らかとなる。

ついでリスク中立確率とその金利過程を段階的に求める。

まず残存1年の債券の価格を予想すると、金利変動の予想を使って、 \begin{eqnarray*} \frac{100}{1+\frac{0.0450}{2}}&= &97.7995 \\ \frac{100}{1+\frac{0.0410}{2}}&= &97.9912 \end{eqnarray*} なので、

時点 0 0.5 1.0
$B$(1.0) 95.9287 97.7995 100
97.9912 100

である。リスク中立確率はオプションでさんざん求めたように、次の式を解けばよい。 \[ 97.7995q+97.9912(1-q)=95.9287\left(1+\frac{0.0400}{2}\right) \] すると、 \begin{eqnarray*} q&= &0.7509 \\ 1-q&= &0.2491 \end{eqnarray*} となる。

リスク中立確率による0.5年後の金利期待値は、 \[ E_q(r_{0.5}(0.5))=0.0450\times 0.7509+0.0410\times 0.2491=0.04400 \] となる。

この金利を使えば1年物の市場の現在価格が得られる。 \[ \frac{100}{(1+\frac{0.0400}{2})(1+\frac{0.0440}{2})}=95.9286\qquad (\sim 95.9287) \]

次に残存1.5年の債券の価格を予想すると、やはり金利変動の予想を使って、

時点 0 0.5 1.0 1.5
$B$(1.5) 93.6801 $B_u$ 97.5848 100
$B_d$ 97.8426 100
98.0633 100

であるが、今度は価格$B_u,B_d$も確率$q$も求めなければならない。

この連立方程式は、上で求めた最初の変化に対するリスク中立確率も利用して、 \begin{eqnarray*} 0.7509B_u +0.2491B_d=93.6801\left(1+\frac{0.0400}{2}\right) \\ 97.5848q+97.8426(1-q)=B_u\left(1+\frac{0.0450}{2}\right)\\ 97.8426q+98.0633(1-q)=B_d\left(1+\frac{0.0410}{2}\right) \end{eqnarray*} となるが、変数の数と方程式の数が合うので解ける。

結果は、 \[ B_u=95.4444, \qquad B_d=95.8831 \] \[ q=0.9724, \qquad 1-q=0.0265 \] となる。

従って、リスク中立確率による1.0年後の金利期待値は、 \begin{eqnarray*} E_q(r_{1.0}(0.5))&= & 0.0495× 0.7509× 0.9724 \\ & & +0.0441× 0.7509× 0.0265+0.0441× 0.2491× 0.9724 \\ & & +0.0395× 0.2491× 0.0265 \\ &= & 0.0480 \end{eqnarray*}

先とあわせてリスク中立確率による金利過程は、

時点 0 0.5 1.0
$E_q$($r$(0.5)) 0.0400 0.0440 0.0480

となる。例えば、これを使えば1.5年物の債券価格が、 \[ \frac{100}{(1+\frac{0.0400}{2})(1+\frac{0.0440}{2})(1+\frac{0.0480}{2})}=93.6798 \qquad (\sim 93.6801) \] と得ることができる。

リスク中立確率による1年物の金利過程は、求めた数値を利用すれば、 \begin{eqnarray*} 2\left\{\sqrt{\left(1+\frac{0.0400}{2} \right)\left(1+\frac{0.0440}{2} \right)} -1\right\}&= & 0.0420 \\ 2\left\{\sqrt{\left(1+\frac{0.0440}{2} \right)\left(1+\frac{0.0480}{2} \right)} -1\right\}&= & 0.0460 \end{eqnarray*}

となって、

時点 0 0.5
$E_q$($r$(1.0)) 0.0420 0.0460

となる。市場の金利とも整合していることが確認できる。

あとはこの計算方法を繰り返せば何期間でも拡張できるし、どの間隔にも対応できる。

 

連続型の金利過程

さて連続モデルで考えればこの数値例は、結局のところ三つの連立方程式、 \begin{eqnarray*} B_0(0.5)&= & E_q\left( e^{-\int_0^{0.5}r_tdt} \right) \\ &= & E_q\left( e^{-\int_0^{1.0}r_tdt} \right) \\ &= & E_q\left( e^{-\int_0^{1.5}r_tdt} \right) \end{eqnarray*}

を組み立て、金利の変動を仮定したうえで、市場の価格を左辺に代入して方程式を解いて、 右辺の金利の過程見つける操作になっている。

しかしこのような方程式の解析的な解法はふつうたやすくないし、代数的に解ける保証はない。 そのため、古典的な金利の予測の中心は、ショートレートあるいはスポットレートのモデルを仮定し、 現実のデータからのキャリブレーションやフィッティングによって最適値を探索することにあった。 最小二乗近似、スプライン補間などの手法がこのようなところでも活躍することとなった。

続けて離散型のモデルから連続型のモデルへのパラメータの関連付けを簡単に行っておこう。 上の計算を繰り返して市場のリスク中立確率におけるスポットレート、 ここで正しい言葉に切り替えてフォワードレートが得られたとしよう。

すると先の例から一般的に、残存n年、償還額1のゼロクーポン債の現在価格は、各年のフォワードレートによって、 \[ B_0= \frac{1}{(1+\gamma_0)(1+\gamma_1)\cdots(1+\gamma_n)} \] と表されることが推察される。少し煩わしいので、半年複利の考慮は織り込まれているとする。

ところでこの式の右辺は、$1+a=e^a$という近似を利用すれば、 \begin{eqnarray*} \frac{1}{(1+\gamma_0)(1+\gamma_1)\cdots(1+\gamma_n)}&= &e^{-\gamma_0}e^{-\gamma_1}\cdots e^{-\gamma_n} \\ &= & \exp\left(-\sum_{i=0}^n\gamma_i \right) \end{eqnarray*}

である。ここで、残存期間n年を止めて年より小さく$m(\gt n)$間隔で分割し$n/m=dt$とおく。

どのような短い残存期間の債券も見つかるとして、フォワードレートの期間を半年ではなく$dt$でとり、$\gamma_t$をm個用意する。

そして$\gamma_t=f_tdt$とおき、$m\rightarrow \infty$ とすれば、 \[ \lim \sum \gamma_t =\int f_tdt \] というよく知られた総和と積分の関係になる。これをもとに戻せば、 \[ B_0=\exp\left(-\int_0^t f_tdt\right) \]

という連続型のフォワードレートによる価格公式が得られる。

この変換ではすでに個々のフォワードレートを求める段階でリスク中立確率を利用しているので、 もはや期待値操作は必要としないことは明らかであろう。

離散的なスポットレートと瞬間的なフォワードレートの関係やリスク中立確率と市場価格の関係、 そして離散型から連続型への拡張のひとつの実務的な解釈は、このようにも紐解かれていくと考えられる。





































































































































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