債券価格モデルの基礎

ゼロクーポン債を基に、金利の不確実な変動を受ける債券価格の基礎的な変動モデルを説明しよう。

債券価格を求めるためには金利のモデルが必要となる。金利のモデルはいろいろな提案がある。

何故多様な金利モデルが研究されたかといえばもちろん債券を含めて複雑なデリバティブが考えられたからであるが、 その研究を支えた理由のひとつはすでに述べた現実の債券価格からのキャリブレーションが可能だからであろう。

もうひとつは本項で述べるデリバティブ的な発想に基づくからである。 すなわち金利という不確実性に従うデリバティブが従う偏微分方程式を得ることができたからである。

ちょうどブラック・ショールズの偏微分方程式によって、さまざまなデリバティブの解析が進んだように、 金利の偏微分方程式を基礎として多様な研究が進められたということである。

本格的な金利のモデルを利用した価格公式の検討は次項以降として、ここでは基礎となる偏微分方程式を導出し、 もっとも簡単な定数係数の価格公式を求めてみよう。連続型で議論を進める。株式との関係でいえば、 株価変動モデルというよりオプションの公式算出の議論をイメージされたほうが近いものとなる。

現時点を$t$とし、満期を$T$とする。議論を進めるにあたって係数としての意味しか持たなくて煩わしいので、 償還額はすべて$B(T)=M=1$と基準化しておくこととし、括弧をやめて下付きの添え字で現在時点とする。$B_T(t)=B_t$が$t$時点の価格である。 償還日$T$は省略して必要に応じて注記を加える。

金利の不確実性を含んだ微小変化は、ウィーナー過程$W$によって、 \[ dr_t=m(t,r_t)dt+s(t,r_t)dW_t \] とする。$m(t,r_t)$はドリフト項、$s(t,r_t)$は拡散項であるが、この段階ではそれぞれ$t$と$r_t$の関数であるとしておく。

そしてゼロクーポン債は現在と償還日という時間と金利の関数として$B_t=B(t,T,r_t)$とする。 ただ表記が冗長となるので$r_t$は省略して、$B_t=B(t,T)$と表すことにする。

従って伊藤の補題から直ちに、 \[dB_t=\frac{\partial B_t}{\partial t}dt+\frac{\partial B_t}{\partial r_t}dr_t+\frac{1}{2}\frac{\partial ^2B_t}{\partial r_t^2}(dr_t)^2 \] である。

$dr_t$を代入すれば、 \[dB_t=\left( \frac{\partial B_t}{\partial t}+m\frac{\partial B_t}{\partial r_t}+\frac{1}{2}s^2\frac{\partial ^2B_t}{\partial r_t^2} \right)dt+s\frac{\partial B_t}{\partial r_t}dW_t \] である。すこし煩雑なので、この式の係数を置きなおして、 \[ dB_t=\mu(t,r_t)dt+\sigma(t,r_t)dW_t \] とする。

微小変化が正規分布するということはマナイスの値を認めることになり現実的にはすこし辛い仮定となる。

次に市場が無裁定であることを確認しておこう。 (株式)オプションの場合は原資産となる株式と派生商品であるオプションはリスクという点では完全相関し、 原資産と派生商品によるポートフォリオを構築することで市場の無裁定条件を構成し、その条件を利用した。

しかし直面している原資産扱いの金利そのものは資産ではない。原資産とのポートフォリオを構築することはできないから、 (株式)オプションでも試みたもう一つの方法、2種類の資産を利用して無裁定条件を求める。

そしてやはり(株式)オプションに準じたものとして金利リスクの市場価格を定義することとする。

ポートフォリオを複製し無リスク資産となるように持ち込むことに変わりはない。繰り返し述べているように金利は市場取引が無いので、 金利を利用したポートフォリオは造れない。そこで償還日の異なる二つの債券$B^1,B^2$によって構築する。

\[ F=w_1B^1+w_2B^2 \] このポートフォリオの微小変化は、 \[ dF=w_1dB^1+w_2dB^2 \] となる。

先ほどの債券の微小変化を代入すれば、 \begin{eqnarray*} dF &= &w_1(\mu^1dt+\sigma^1dW_t)+w_2(\mu^2dt+\sigma^2dW_t) \\ &= &(w_1\mu^1+w_2\mu^2)dt+(w_1\sigma^1+w_2\sigma^2)dW_t \end{eqnarray*} なので、 \[w_1=1,\qquad w_2=-\frac{\sigma^1}{\sigma^2} \] と調整し続ければ、リスクは無くなる。

無リスクであれば、$dF=rFdt$でもあるから、 \[(\mu^1-\frac{\sigma^1}{\sigma^2}\mu^2)dt=(B^1-\frac{\sigma^1}{\sigma^2}B^2)rdt \] となる。

したがって、 \[ \frac{\mu^1-rB^1}{\sigma^1}=\frac{\mu^2-rB^2}{\sigma^2} \] これは任意の二つの債券で成立するから、 \[ \frac{\mu -rB }{\sigma }=\lambda\qquad (一定) \] とおく。この$\lambda$を(金利)リスクの市場価格という。

二つの債券が同一のウィーナー過程に従うことに現実としては疑問をもたれるかもしれないが、 リスクの源泉は金利だけであると考えよう。あるいは同一の業種をイメージしていただけば、多少は納得できるかもしれない。

信用リスクは本項は対象外なのでいささか外れた話題を差し挟むと、 ちなみにこのリスクと金利の前提は逆に考えると同じ信用リスクの債券であれば同一の金利を持つと考えて、 いろんな債券の金利の乖離を図ることで裁定取引のチャンスを窺うことができる。クレジットスプレッド呼ばれたりする。

金利リスクの市場価格が一定を保っているとどんな債券でも、 \[\mu= B r+\sigma\lambda \] となる。ところが、$\mu$と$\sigma$は債券の微小変化の係数であるから、元の式に置き換えると、 \[\frac{\partial B_t}{\partial t}+m\frac{\partial B_t}{\partial r_t}+\frac{1}{2}s^2\frac{\partial ^2B_t}{\partial r_t^2}=r_tB_t +\left(s\frac{\partial B_t}{\partial r_t} \right)\lambda \] となるので、 \[\frac{\partial B_t}{\partial t}+(m-s\lambda)\frac{\partial B_t}{\partial r_t}+\frac{1}{2}s^2\frac{\partial ^2B_t}{\partial r_t^2}-r_tB_t =0 \] という不確実な金利のもとでゼロクーポン債が従う偏微分方程式が得られた。このような偏微分方程式を期間構造方程式ともいう。

方程式が得られたので、解くことができれば不確実性を伴う金利に従うゼロクーポン債の現在価格が得られるが、 その前にオプションの議論で得られたブラック・ショールズの偏微分方程式とよく見比べられたい。

ブラック・ショールズの偏微分方程式は、 \[\frac{\partial C_t}{\partial t}+r_tS_t\frac{\partial C_t}{\partial S_t}+\frac{1}{2}\sigma^2S_t^2\frac{\partial ^2C_t}{\partial S_t^2}-r_tC_t =0 \] であった。ゼロクーポン債をデリバティブと見なしているので、偏微分方程式の形式はよく似ている。

異なるのは債券価格の微小変化が対数正規分布でなく正規分布するという仮定の影響による係数の相違がある。

そして、市場の無裁定条件を方程式に反映する際に、オプションの場合は原資産とデリバティブとの関係が直接的であるため、 相互に相手を表現することができた。その結果方程式はリスク含みのドリフトは含まれない形で得ることができた。

金利の場合は、金利が実資産でないため、二つのデリバティブ(任意の二つのゼロクーポン債)の関係がもたらす条件を利用せざるを得ない。 関係だけの条件は値を確定するために新たな変数を要求する。

この違いが方程式を複雑にし新たな未知の係数$\lambda$をもたらすこととなったのである。

偏微分方程式を数値的に解の値を求める場合はもちろん、解析的な解の式となっても、 具体的なゼロクーポン債の現在価格を得るためには$\lambda$の値が必要となることは避けられないのである。

しかしすでにチェックされたかもしれないが、 以上の組み立ては先の項で述べたブラック・ショールズの偏微分方程式の導出とほぼ同一である。

表面上の異なる点は金利は原資産とならないので、新たな変数$\lambda$が舞台裏に消えること無く、 登場人物として残らざるを得ないところである。

しかしもし、$m,s,\lambda$を何らかの形で得ることができればこの方程式も解ける可能性がある。 あるいは式として解けなくても数値解析によって解の値を求めることができる。

では、もっとも単純な$m,s$が定数である基礎的なモデルのケースを解いてみよう。

このケースでは方程式はブラック・ショールズの偏微分方程式よりも簡単な形式となっている。 とはいえ金利に関するもっともらしい適当な変数変換の関係は見当たらないので、唐突だが債券価格の決定の項で求めた式から大胆に類推して、 \[B_t=e^{\alpha(t)-\beta(t)r_t} \] と仮定し、偏微分を取る。 \[\frac{\partial B_t}{\partial t} = \left(\frac{\partial \alpha}{\partial t}-r_t\frac{\partial \beta}{\partial t} \right)B_t, \quad \frac{\partial B_t}{\partial r_t} = -\beta B_t, \quad \frac{\partial ^2B_t}{\partial r_t^2} = \beta^2B_t \]

もとの方程式に代入すると、うまく$B_t$が消えるので、 \[\left(\frac{\partial \alpha}{\partial t}-r_t\frac{\partial \beta}{\partial t} \right)B_t+(m-s\lambda)(-\beta B_t)+ \frac{1}{2}s^2(\beta^2B_t)-r_tB_t =0 \] $B_t$を払って$r_t$とそれ以外の項でまとめる。

\[-\left(\frac{\partial \beta}{\partial t}+1 \right)r_t+\left(\frac{\partial \alpha}{\partial t}-(m-s\lambda)\beta+\frac{1}{2}s^2\beta^2 \right)=0 \] $r_t$の係数が$\beta$と定数だけで構成されているところが突破口となる。

偏微分方程式が成立するためにはこの式の係数が常にゼロとなることが十分である。故に、2本の連立方程式 \begin{eqnarray*} & & \frac{\partial \beta}{\partial t}+1=0 \\ & & \frac{\partial \alpha}{\partial t}-(m-s\lambda)\beta+\frac{1}{2}s^2\beta^2=0 \end{eqnarray*} が得られる。これは2本の線型常微分方程式である。さらに解く。 \begin{eqnarray*} \frac{\partial \beta}{\partial t} &= &-1 \\ \int \frac{\partial \beta}{\partial t}dt &=&-\int dt+C \quad (Cは積分定数)\\ \beta &= &-t+C \end{eqnarray*}

境界条件から、$t=T$ならば$B_T=1$となって、$\alpha(T)=\beta(T)=0$であるから、$C=T$より、 \[ \beta=T-t \] は直ちに得られる。

そして、 \begin{eqnarray*} \frac{\partial \alpha}{\partial t} &= &(m-s\lambda)(T-t )-\frac{1}{2}s^2(T-t)^2 \\ \int \frac{\partial \alpha}{\partial t}dt &= &\int (m-s\lambda)(T-t )dt-\int \frac{1}{2}s^2(T-t)^2dt+C \quad (Cは積分定数)\\ \alpha &= &(m-s\lambda)\frac{1}{2}(T-t )^2(-1)-\frac{1}{2}s^2\frac{1}{3}(T-t)^3(-1)+C \end{eqnarray*} なので、やはり境界条件を使って、 \[ \alpha=-\frac{1}{2}(m-s\lambda)(T-t)^2+\frac{1}{6}s^2(T-t)^3 \] となる。最初に仮定した$B_t$に代入すれば、定数係数の偏微分方程式に従う償還額1のゼロクーポン債の現在価格は、 \begin{eqnarray*} B_t &=& \exp\left\{-\frac{1}{2}(m-s\lambda)(T-t)^2+\frac{1}{6}s^2(T-t)^3-r_t(T-t) \right\} \end{eqnarray*} と得ることができる。$B_T=1$は直ちに確認できる。

これはもっとも基礎的なモデルの解析解である。$m,s,\lambda$は分かっていると仮定しているから、 $r_t$が与えられればその日の債券価格が予測できることになる。

そして先に述べたとおりフォワードレートあるいはイールドを得ることができるはずである。

当たり前のことを指摘しておけば、金利の変動パラメータである$m,s$についてどのような仮定を設けるかによって、 債券の価格の挙動は異なってくるのであって、より現実に近く、予測しやすいモデルの検討が様々に行われた。

次の項以降に代表的な金利のモデルを紹介していくが、モデルの組み立てや解析の手法は本項の説明を基礎としているのがご理解いただけるであろう。

ちょうどブラック・ショールズ式が幾つかの技法で解を得られたように、債券価格公式も上で述べたような偏微分方程式を用いず、 伊藤積分とリスク中立確率を元にして解を求める手法もある。

数学的には地道な偏微分方程式による解法よりも、伊藤積分と期待値操作の手法がエレガントであるかもしれないが、 実務的にはどちらが応用の範囲が広いかは評価が分かれるだろう。偏微分方程式と異なる手法のアウトラインは別項で触れよう。





































































































































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