伊藤積分による別解法(ショートレートモデル)

ショートレートの確率的な挙動に伴う債券価格のモデルを導くに当たって、オプションの価格を求めたブラックとショールズの偏微分方程式のアイデアが、 リスクの市場価格という無裁定条件に支えられた原理に姿を変えて、一貫して利用されていることが理解できたであろうか。

しかし残念ながらそこでは現在ブラック・ショールズモデルの解法の主流となっている確率解析は使用してこなかった。 それは取り扱おうとするモデルによって式の複雑さが上昇すると、確率解析的に解くことが非常に高度になるからである。

伊藤解析によってなんとか簡単に解を得られる二つのモデルについてだけ、 この項で別解として計算を揚げておこう。

先に形式的な微分形の伊藤の補題から一歩遡って、ウィーナー過程の期待値操作に伴う有用な公式をいくつか挙げておこう。

特に金利の分析を始めると、多重積分を避けて通れなくなり、そこにウィーナー過程が含まれることも多い。 計算にあたって知っていると便利な公式を紹介しておく。 証明は確率積分のもともとの定義に立ち戻って行われるものが多いので、数学のテキストに委ねよう。

本来、公式を利用するに当たっては、前提となる諸条件を確認する必要がある。 そのためには公式の成り立ち具合を知っておくことが望ましいが、 おおよその当りをつけるにはまずだまって適応することも当初のアプローチとしてはあると思う。

以下では、標準ウィーナー過程を$W_t\sim N(0,t)$、$W_0=0$、題意に添った区間内で連続な非確率関数を$f=f(t)$とする。

まずウィーナー過程が積分の核となるもの。

<公式1:期待値> \[E\left(\int_0^t W_s ds \right)=\int_0^tE\left(W_s \right)ds=0 \]

<公式2:分散> \[V\left(\int_0^t W_s ds \right)=E\left\{\left(\int_0^t W_s ds \right)^2\right\}=\frac{t^3}{3} \]

 

次に通常の連続関数を確率積分するもの。

<公式3:期待値> \[E\left(\int_0^t f(s)dW_s \right)=0 \]

<公式4:分散(等長性)> \[V\left(\int_0^t f(s)dW_s \right)=E\left\{ \left(\int_0^t f(s)dW_s \right)^2 \right\}=\int_0^tE\left\{\left(f(s) \right)^2\right\}ds \]

 

ではこれらの公式を利用して、ゼロクーポン債の価格公式を導いてみよう。その段取りは次のとおりである。

まず、ショートレートを利用した債券価格の公式は、 \[B_t=E_q\left(e^{-\int_t^Tr_sds} \right) \] であった。

そして、確率変数$Y$が正規分布に従い、$E(Y)=\mu,V(Y)=\sigma^2$であるなら、 \[E(e^{-Y})=e^{-\mu+\frac{1}{2}\sigma^2} \] となることは簡単に求められる。特性関数から類推されればよい。

$r_s$および$r_s$を積分したものは正規分布であるから、債券価格の公式はリスク中立確率の下で、 \[B_t=\exp\left\{ -E\left(\int_t^Tr_sds \right)+\frac{1}{2}V\left(\int_t^Tr_sds \right) \right\}\quad (on\quad q) \] とすることができる。

したがって、期待値と分散が得られれば債券価格の公式が求められることになる。 この手法は偏微分方程式を用いないリスク中立確率と伊藤積分による解法の基礎となる。

 

では、ホー・リーモデルで試みよう。ホー・リーモデルはリスク中立確率の下での金利の微小変化を、 \[dr_t=\theta_tdt+sdX_t \] で表した。

最終的に領域$[t,T]$で考えたいので、いったん$t$を止めて、$t\leq u\leq T$となる$u$を定義しておく。 微小変化の式を$[t,u]$で積分すると、 \[r_u=r_t+\int_t^u\theta_idi+sX_u \] となる。

本来$X_0=0$であるが、ここではうまく調整して$X_t=0$とできるとした。 そしてこの$r_u$を$[t,T]$で積分する。 \[\int_t^Tr_udu=r_t(T-t)+\int_t^T\!\int_t^u\theta_ididu+s\int_t^TX_udu \] となる。2重積分を地道に適応することで、 \[\int_t^T\!\int_t^u\theta_ididu=\int_t^T(T-u)\theta_udu \] なので、公式1を利用して、確率項を消去し、 \[E\left(\int_t^Tr_sds \right)=r_t(T-t)+\int_t^T(T-u)\theta_udu \] となる。

そして、分散の性質と公式2を利用して、 \[V\left(\int_t^Tr_sds \right)=s^2V\left(\int_t^TX_sds \right)=s^2\frac{1}{3}(T-t)^3 \] であるから、 \[B_t=E_q\left(e^{-\int_t^Tr_sds} \right)=\exp\left\{ -r_t(T-t)-\int_t^T(T-u)\theta_udu+s^2\frac{1}{6}(T-t)^3\right\} \] となって、いっきに債券価格公式が求められた。

少し先走るが、この後にフォワードレートモデルとしてHJMモデルを紹介するが、そこで公式として定義する \[g(t,T,r_t)=-\log E_q\left(e^{-\int_t^Tr_sds} \right) \] は、ここで上げた公式を利用することが近道である。このホー・リーモデルでは、 \[g(t,T,r_t)=r_t(T-t)+\int_t^T(T-u)\theta_udu-s^2\frac{1}{6}(T-t)^3 \] となることは計算するまでもない。

 

続いてハシェックモデルでやってみよう。ハシェックモデルがリスク中立確率の下での金利の微小変化を、 \[dr_t=a(b-r_t)dt+sdX_t \] と表した。

この確率微分方程式は解くことができて、$t$を止めて、$[t,u]$で積分したものは、 \[r_u=b+(r_t-b)e^{-a(u-t)}+s\int_t^ue^{-a(u-i)}dX_i \] となる。したがって、この$r_u$をさらに$[t,T]$で積分すると、 \[\int_t^Tr_udu=b(T-t)+(r_t-b)\int_t^Te^{-a(u-t)}du+s\int_t^T\!\int_t^ue^{-a(u-i)}dX_idu \]

第2項はふつうに積分する。第3項はディリクレ公式を使って、 \[\int_t^T\!\int_t^ue^{-a(u-i)}dX_idu=\int_t^T\!\int_i^Te^{-a(u-i)}dudX_i=\frac{1}{a}\int_t^T\left(1-e^{-a(T-i)} \right)dX_i \] とできるので、 \[\int_t^Tr_udu=b(T-t)+(r_t-b)\frac{1}{a}\left(1- e^{-a(T-t)}\right)+\frac{s}{a}\int_t^T\left(1-e^{-a(T-i)} \right)dX_i \] である。

ホー・リーモデルと同様に、期待値と分散を求めよう。公式3を使えば、 \[E\left(\int_t^Tr_sds \right)=b(T-t)+(r_t-b)\frac{1}{a}\left(1- e^{-a(T-t)}\right) \] は直ちに得られる。

分散は公式4を使って煩雑な計算をすると、 \begin{eqnarray*} & & V\left(\int_t^Tr_sds \right)= \frac{s^2}{a^2}\int_t^T\left(1-e^{-a(T-i)} \right)^2di \\ &= &\frac{s^2}{a^2}(T-t)-\frac{2s^2}{a^3} \left(1-e^{-a(T-t)} \right)+\frac{s^2}{2a^3}\left(1-e^{-2a(T-t)} \right)\\ &= &\frac{s^2}{a^2}(T-t)-\frac{s^2}{2a^3}\left(1-e^{-a(T-t)} \right)^2-\frac{s^2}{a^3}\left(1-e^{-a(T-t)} \right) \end{eqnarray*} となって、 \begin{eqnarray*} B_t&=&E_q\left(e^{-\int_t^Tr_sds} \right)\\ &=&\exp\left\{-b(T-t)-(r_t-b)\frac{1}{a}\left(1- e^{-a(T-t)}\right) \right. \\ & & \qquad \left. +\frac{s^2}{2a^2}(T-t)-\frac{s^2}{4a^3}\left(1-e^{-a(T-t)} \right)^2-\frac{s^2}{2a^3}\left(1-e^{-a(T-t)} \right) \right\} \end{eqnarray*} が求められる。

しかしリスク中立確率によるこの解法は$r_u$あるいは$\int_t^Tr_udu$が扱いやすい形式となるかどうかにかかることは理解できるだろう。 そして通常この希望がかなえられることは稀でしかない。

そのため、別項で繰り返した偏微分方程式を利用して、解析的に解けなければ数値的に解を求める手段に訴えることになる。





本項はショートレートモデルに関する伊藤積分の練習であって、予備知識もいくつか必要となるので、
興味があればざっと参照されればよい。






























































































































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