金利キャプレット他

本項では、前項の割引債コールオプションに関連するいくつかの補足と、さらに直接的な金利商品である金利キャップについての紹介を行おう。

一つ目はブラックの公式である。

ハシェックモデルに基づいた割引債ヨーロピアンコールオプションの公式は金利の不確実な挙動を反映した一般的なものであるが故に、 実際利用しようとすると、いろんなパラメータの推定が必要となって使いこなすのはなかなか大変である。

ところが計算の途中で次のような式を見つけることができる。 \[ C_0=d(0,u)(B^u_0\Phi(\psi)-K\Phi(\psi-\phi)),\quad \psi=\frac{\log \frac{B^u_0}{K}+\frac{1}{2}\phi^2}{\phi} \]

そして、さらに面倒な拡散項をブラック・ショールズ式のように定数$\sigma$とすれば、 \[ \phi=\sigma\sqrt{u} \] となる。

つまり先渡物に対するオプション価格をえることができる。これをブラックの公式というが、計算では非常に便利なことが分かる。 具体的な数値例でどのように使われるかやってみよう。

10年先に償還される割引債の現在価格$B_0$が864.55円である。10ヵ月後にこの割引債を$K=1000$円で買取るオプションの価値を求めよう。 ただし、10ヵ月後までの割引ファクター$d(0,0.8333)$は0.92、この割引債の年率のボラティリティは$\sigma=0.09$とする。

まず最初にこの割引債の先渡価格を求めよう。無裁定の市場では、 \[ B^u_0=864.55/0.92=939.68 \] になる。後は所定の計算を行えばよい。 \begin{eqnarray*} \log\frac{B^u_0}{K} &= &-0.0622 \\ \sigma \sqrt{u} &= &0.0822 \\ \Phi(\psi) &= &0.23695 \\ \Phi(\psi-\phi) &= &0.21235 \end{eqnarray*} これらを使えば、このコールオプション価格は9.49円と計算される。

ブラックの公式はまことに便利ではあるが、リスク$\sigma$を定数としていることから、 金利の不確実性がきちんと反映された公式とはいえないことに注意しよう。

ふたつめは、フォワード中立確率のスポットレートへの適応についてである。

割引債価格の公式のついでに求めてあるフォワードレートの微小変化は、 \[ df(t.u)=\frac{s^2}{a}e^{-a(T-t)}\left(1-e^{-a(T-t)} \right)dt+se^{-a(T-t)}dX_t \] となるが、これをマルチンゲールとする測度の変換を考えると、 \[ se^{-a(T-t)}dZ_t=se^{-a(T-t)}dX_t+\frac{s^2}{a}e^{-a(T-t)}\left(1-e^{-a(T-t)} \right)dt \] だから、この両辺の係数を払って、 \[ dZ_t=dX_t+\frac{s}{a}\left(1-e^{-a(T-t)} \right)dt \] となる。

これは$T$と$u$の相違を合せれば、先程利用した先渡価格をマルチンゲールとするフォワード中立確率への測度変換と同じになっている。 フォワード中立確率というのはそのような意味でもある。

実はフォワードレートの微小変化は、 \[ \nu(t,T)=\frac{s}{a}\left(1-e^{-a(T-t)} \right) \] と置けば、 \[ \frac{\partial \nu}{\partial T}=se^{-a(T-t)} \] となるので、常に、 \[ df(t,T) =\nu\frac{\partial \nu}{\partial T}dt+\nu dX_t \] と表されることが分かっている。

つまり、拡散項ですべてが決まるという便利な性質を持っている。 フォワードレートを中心にすえたモデルをヒース・ジャロウ・モートンのモデルということはすでに述べた。

さてこの測度変換をリスク中立なスポットレートに適応すると、 \[ dr(t)=a\left(b-\frac{s^2}{a^2}\left(1-e^{-a(T-t)} \right)-r(t) \right)dt+sdZ_t \] となる。

これは期間のパラメータが$t$以外に$T$も含まれているため、 もはやスポットレートとは呼べないものとなっている。ただ見て分かるとおり、 \[ \widehat{b}=b-\frac{s^2}{a^2}\left(1-e^{-a(T-t)} \right) \] と置きなおせば、 \[ dr(t)=a\left(\widehat{b}-r(t) \right)dt+sdZ_t \] という形式が維持されている。

この確率微分方程式を解いて見よう。先でやったような求めた方をするのだが、$T$を見越して媒介関数を少し変えて、 \[ f(w,r)=e^{a(w-t)}r(w) \] とする。$t$を止めて、$u$を$t\lt u\lt T$の幅で動けるように考えると、積分計算によって、 \begin{eqnarray*} r(t,u) &= &e^{-a(u-t)}r(t)+\left(b-\frac{s^2}{a^2} \right)\left(1-e^{-a(u-t)} \right)+\frac{s^2}{2a^2}\left(e^{-a(T-u)}-e^{-a(T+u-2t)} \right) \\ & &\qquad +s\int_t^ue^{-a(u-w)}dZ_w \end{eqnarray*} となる。ここで自由に動く$u$を$u=T$として期待値を取ると、 \begin{eqnarray*} E_f(r(t,T)) &= &e^{-a(T-t)}r(t)+\left(b-\frac{s^2}{2a^2} \right)\left(1-e^{-a(T-t)}\right)+\frac{s^2}{2a^2}e^{-a(T-t)}\left(1-e^{-a(T-t)}\right)\\%+\left(b-\frac{s^2}{a^2} \right)\left(1-e^{-a(T-t)}\right)+\frac{s^2}{2a^2}\left(1-e^{-2a(T-t)}\right) & &\qquad +E_f\left(s\int_t^Te^{-a(T-w)}dZ_w \right) \end{eqnarray*} となる。二行目の確率積分は期待値がゼロとなることが分かっているので、一行目だけが残って、 \[ E_f(r(t,T))=f(t,T) \] となる。

時点$t$からみた時点$T$のスポットレートの期待値は、まずリスク中立にしてプレミアムを取り外し、 次にフォワード中立に切り替えて、先渡価格のプレミアムまでも外せば、フォワードレートになる。

逆にいえば、フォワードレートは将来の時点での全く無リスクのスポットレートの期待値を示していると考えられるのであるから、 もしいささかでもリスクがあるのであれば一致しないことを意味する。直観的に理解できる結論であろうか。

先に触れた割引債の期間構造方程式は無裁定市場の条件によって得られたものなので、 当然コールオプションでも類似したものが満たされる。ここで求めたフォワード中立なスポットレートを利用すれば、 \[ \frac{\partial C_t}{\partial t}+a(\widehat{b}-r(t))\frac{\partial C_t}{\partial r(t)}+\frac{1}{2}s^2\frac{\partial ^2C_t}{\partial r(t)^2}=0 \] が得られる。債券コールオプションは、$C_u=\max(B_u-K,0)$を境界条件として、この偏微分方程式を解き進む道も考えられよう。

最後に金利そのもので定まる取引例として、金利キャップを簡単に紹介しておこう。

金利キャップとは、契約期間内の一定の金利更改日に、 更改する基準となる金利が事前に定めた金利$H$(行使金利あるいはストライクレート)を上回った場合、 その差額(金利差)を受け取ることができる契約である。

例えば、期間1年、3ヵ月間更改の金利キャップで、基準金利をLIBOR($L_t$)、行使金利(上限)1.0%で設定すると、 1年間3ヵ月毎にLIBORが1.0%を上回った場合、金利キャップの買い手は売り手から1.0%を上回った分の利息(利率×元本)を受け取る。

更改時にLiborが1.2%であれば、0.2%×元本を次の更改時に受け取る。しかし1.0%を下回った場合は利子の受け払いはないということである。

すなわち、キャップの買い手は、1年間、1.0%を超える金利の上昇リスクを完全にヘッジできることになる。

金利更改時毎の権利処理をキャプレット(caplet)といい、全体の取引を金利キャップという。

金利キャップはキャプレットが更改の数だけ加算されるポートフォリオである。

いきなり金利キャップを扱う面倒を避けて、とりあえずキャプレットについて考えよう。

キャプレットは金利に関するオプションとなることは明らかだろう。われわれが知りたいのは、 ひとつのキャプレットに対して幾らの対価を払うべきかということ、つまりキャプレットの現在価値であって、 それは金利キャップの全体契約料の合理的な基礎となるものである。

ではここまでやったようにステップを追って議論していこう。

まずキャプレットのペイオフ条件を次のように定式化しよう。 貸借元本$M$、直近の更改時点を$u$、利率は常に年利表示とするので更改から次の更改までの期間$\theta$とするなら、 キャプレットによる受取額は、連続複利を考慮して、 \[ CAP_u=M\max(\exp(\theta L_u)-\exp(\theta H),0)d(u,u+\theta) \] となる。最後に割引ファクター$d(u,u+\theta)$が付いてくるのは、更改と同時にオプションは行使されるが、 その金利差額の受払いは次の更改時点であるから、オプションのペイオフは次の更改までの期間$\theta$が割引かれねばならないからである。

次にLIBORの不確実性を表す$L_u$のモデルを設定することとなるが、それはここまで議論し続けてきたハッシェックモデルをそのまま使っていこう。 その微小変化が、リスク中立確率のもとで、 \[ dL_t=a(b-L_t)dt+sdX_t \] である。$u$時点では、$\exp(\theta L_u)=1/d(u,u+\theta)$となるから、 \[ CAP_u=M\exp(\theta H)\max\left(\exp(-\theta H)-d(u,u+\theta),0\right) \] と少し整理できる。

この変形によって不確実項にマイナスがついてくるのでオプションは、コールではなくプットオプションになっていることに注意しよう。 現時点を$t$とすれば割引きを反映して、キャプレットの価値は、 \[ CAP_t=E\left(\exp\left( -\int_t^ur(v)dv \right)CAP_u\right) \] となる。従前のとおりキャプレットの受取額を先渡価格に切り替えて、 \[ CAP^u_t=\frac{CAP_t}{d(t,u)} \] とおき、マルチンゲールとなる測度変換が見つかったとすると、スポットレートの割引が消えて、 \begin{eqnarray*} CAP_0 &= &d(0,u)E_f(CAP^u_u) \\ &= &d(0,u)E_f(CAP_u) \\ &= &d(0,u)M\exp(\theta H)E_f(\max\left(\exp(-\theta H)-d(u,u+\theta),0\right)) \end{eqnarray*} とできることになる。

それで細かい説明を抜きにして、マルチンゲールとなったときのプットオプションの公式を挙げておこう。それは、 \[ E(\max\left(K-S_t,0\right)) =K\Phi(-\psi+\phi)-S_0\Phi(-\psi), \] \[ \psi=\frac{\log \frac{S_0}{K}+\frac{1}{2}\phi^2}{\phi},\quad \phi^2=\int_0^t\sigma^2(s)ds \] となる。従って、いきなり代入すれば、 \begin{eqnarray*} CAP_0 &= &d(0,u)M\exp(\theta H)\left\{ \exp(-\theta H)\Phi(-\psi+\phi)-\frac{d(0,u+\theta)}{d(0,u)}\Phi(-\psi)\right\}\\ &= &M\left\{d(0,u)\Phi(-\psi+\phi)-d(0,u+\theta)\exp(\theta H)\Phi(-\psi) \right\},\\ & & \psi=\frac{\log \frac{d(0,u+\theta)}{d(0,u)}+\theta H+\frac{1}{2}\phi^2}{\phi} \end{eqnarray*} となる。これでほとんど出来たも同然だが、残りの問題はリスク$\phi$である。

先渡契約をマルチンゲールにする基本は$d(t,u+\theta)$にあることは上の式でわかるから、 \[ C^u_t=\frac{d(t,u+\theta)}{d(t,u)} \] とおいて、$dC^u_t/C^u_t=\gamma dt+\delta dW_t$を求めよう。ドリフトは省略して、前項の債券オプションの計算を使えば、 \[ \delta^2(t)=\frac{s^2}{a^2}\left(e^{-a(u+\theta-t)} -e^{-a(u-t)} \right)^2 \] となる。後は積分だけなので、 \[ \phi^2=\int_0^u\delta^2(t)dt=\frac{s^2}{2a}\left(1-e^{-2au} \right)\left(\frac{1-e^{-a\theta}}{a} \right)^2 \] となって、キャプレットの価格公式が完結した。

 

 



本項は前項の続きである。













































































































































































































先の項を見て確認されるとよい。





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