競争市場の仮定

CAPMは簡明な式でありながら、いくつかの驚くべき結論をもたらした。 \[ r_i=(r_m-r_f)\beta+r_f,\qquad \beta=\frac{\sigma_{im}}{\sigma_m^2} \]

とはいえ、CAPMがいつもいつも成立するわけではないことは、現実の取引の場にいれば誰もが思うことだろう。 CAPMを支えるもっとも大きな基礎は資産(株式)の取引が行われるのが、 完全競争の市場という場にあることである。

経済学を学んだ方であるなら、完全競争の市場という言葉ならば見知ったことはあるだろうが、 CAPMでは具体的にどういう内容を仮定しているのだろうか。 言葉の意味が重複していると感じられるかもしれないが、思いつくものをできるだけ挙げてみよう。

  1. 投資家の規模は小さく市場ではプライステイカー(受け手)である。
  2. 投資家のホライズンは同一で1期間である。
  3. 投資家は同質の期待を持つ。
  4. 投資家は収益率とリスクで効用最大化をはかる。
  5. 市場の情報は効率的である。(情報の格差はない。)
  6. 取引費用、税などコストはかからない。(市場の摩擦は無い。)
  7. すべての資産は金融資産として市場に上場され、市場だけで取引されている。
  8. 資産の分割は無限に可能である。
  9. 空売りが可能である。
  10. リスクの全くない安全資産と安全資産に対する利子率が存在する。

これらの仮定のひとつひとつがこれまで、これからの議論と演繹の中のどこでどのように使われているかを逐一説明することは、 なかなか労力のいる作業で、振り返ったり、続く説明の中で思い出し思い出し確認いただくことが近道であろうと思う。 ひとつだけ重要な事柄を述べておくと、それは市場ポートフォリオである。

投資家に焦点をあてて上記の仮定を大雑把にまとめると、市場には一人の投資家(代表的投資家)しかいないということになるのは 推察いただけるであろう。同じように考える人たちばかりだからである。

ところが前項のポートフォリオ管理の結論では、市場のリスク資産は投資家のリスク回避度の強弱に関わらず ひとつのリスク資産ポートフォリオにまとめられ、投資家はそのポートフォリオだけを保有することが最適化の第一段階にあった。

したがってこのふたつの帰結をあわせると、一人の投資家が常にひとつのリスク資産をまとめあげたポートフォリオしか保有しない ということになる。するとこのリスク資産ポートフォリオは市場全体を形成するポートフォリオになる。

なぜならそれは次のように考えられるからである。所与の収益率の資産を最適に配分しているのだから、 もしその基準からはずれれば資産は組入れられず、いっきに価格は下がっていく。価格が下がれば収益率は回復上昇し、 どこかで組入れられる程度を見つけるだろう。このようにして常に資産の価格は安定する。これを市場の均衡という。

一人に集約された投資家は市場を均衡させ、均衡した市場の資産で構成されたそのままを最適なリスク・ポートフォリオとして購入する。 逆に市場が均衡していれば、市場ポートフォリオは市場全体を構成する資産の比率となる。 そしてそれは最適なリスク資産を統合したポートフォリオになっていることになる。

これもまた驚くべき結論であろう。われわれはまったくなんの計算もせず、 市場全体の(時価総額)比率にあったポートフォリオを購入していれば、それは最適なリスク資産ポートフォリオとなっていることになる。

上記の仮定はひとつひとつを取り上げるだけでは受け入れがたく納得しづらい。現実の反証を上げることもたやすいだろう。 しかし真っ向から否定するのではなく、総合的な意図するものや、その方向性を慮ることは重要であると思う。

いろんな価値観が交錯する市場が効率的に運営され、試行錯誤を繰り返す中で全体としてひとつの動きが定まっていき、 それがこの前提で云う代表的投資家に収斂すると同時に、市場全体が最適なリスク資産ポートフォリオになっていくという遥かな眺望は、 上で仮定した完全な市場が成立するならば、あながち途方もない想像でもないように思う。

完全競争市場の仮定を聞くと続けて読む気がなくなるほど厳しく非現実的である。 しかしめまいのするほど多様な人間性を乗り越えてたどりつく社会的な理論は、 とても現実的とは思えない前提を必要とすることはいたしかたなく、 それでも真理に迫ろうとすることは並大抵の努力ではないと考えられるとよい。

 

















































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