ゼロベータポートフォリオ

ゼロベータポートフォリオを紹介しよう。ゼロベータポートフォリオは、ブラック・ショールズ公式というネーミングの栄誉のとおり、 オプションの価格公式を発見しながら惜しむらくも学者として若く逝かれたためにノーベル賞の栄誉をうけることのできなかった F.ブラックの提案となる。

ゼロベータポートフォリオはポートフォリオそのものの価値というより、 ゼロベータポートフォリオを利用することで、安全資産の存在を仮定せずにCAPMを導出することができるのである。

現実経済における安全資産の存在は他の前提と比べてさほど強いほうの前提ではないと思うが、 すでに述べたとおりCAPMはたくさんの仮定の上に成り立っており、 ゼロベータポートフォリオはそのひとつの条件を緩める試みである。

もちろん複数資産(行列)の説明は続いているので、この項では行列によってn資産への拡張を行いながら、CAPMの条件緩和によって一般化をはかろう。

一般化と言うと議論の組み立てが複雑となることを予想されるかもしれない。しかし、 導出のポイントはポートフォリオ間の共分散をいろいろ利用することにあるため、ここまでの解説のさらなる応用であることが分かるだろう。 もしかすると思ったよりも簡単にCAPMが求められることに驚かれるかもしれない。

まだ行列の取り扱いや変数のイメージが腹に収まらない方もおられるだろう。冗長となるかも知れないが、 前項までの内容を繰返しながら進めたいと思う。

任意のポートフォリオの共分散は、市場のすべての資産の収益率ベクトルを$r$とし、それぞれの配分比率を$w_a$、$w_b$とすれば、 \[ cov(r_a,r_b) =E[(r_a-E(r_a))(r_b-E(r_b))]=w_a^t\Sigma w_b \] となる。ここで、$r_a=w_a^tr,r_b=w_b^tr$である。

そしてここでふたつのポートフォリオが効率的フロンティア上にあれば、 \[ cov(r_a,r_b) =\frac{r_ar_bC-(r_a+r_b)B+A}{AC-B^2} \] となることがわかっている。$A,B,C$はこれまでどおりの変数であるが、再掲すると、 \[ A=r^t\Sigma^{-1}r,\quad B=1^t\Sigma^{-1}r,\quad C=1^t\Sigma^{-1}1\] であり、$1$はすべての要素が1のベクトル、$\Sigma^{-1}$は収益率の分散共分散行列の逆行列である。

では一方のポートフォリオが効率的フロンティアではなく、任意のものであるとしたらこの式はどうなるだろう。 効率的フロンティア上にある資産の配分比率を$w_a$とし、任意のポートフォリオの配分比率を$w_p$とすると、 \[ cov(r_p,r_a)= w_p^t\Sigma w_a \] となることは変わらない。$w_p$は任意であるが、効率的フロンティア上ポートフォリオの配分比率$w_a$は最適化されているので、 \[ w_a=\Sigma^{-1}\frac{r(Cr_a-B)+1(A-Br_a)}{AC-B^2} \] となっている。これを代入して計算すると、 \begin{eqnarray*} cov(r_p,r_a)&= &w_p^t\Sigma\Sigma^{-1}\frac{r(Cr_a-B)+1(A-Br_a)}{AC-B^2} \\ &= &\frac{w_p^tr(Cr_a-B)+w_p^t1(A-Br_a)}{AC-B^2}\\ &= &\frac{r_ar_pC-(r_a+r_p)B+A}{AC-B^2} \end{eqnarray*} となって、特別な変化はしない。

実は計算はふたつのポートフォリオが効率的フロンティアにあるほうが面倒なのであった。ここで、 $w_p^tr=r_p$、$w_p^t1=1^tw_p=1$を使っているのはよいだろう。さらにこの共分散の式を後のために次のように変形しておく。 \[ r_p=cov(r_p,r_a)\frac{AC-B^2}{r_aC-B}+\frac{r_aB-A}{r_aC-B} \] なぜこのようなことをしておくかといえば、$r_p$は任意のポートフォリオであるから、それはすべての資産を表すのである。

配分比率は任意であるから、ポートフォリオに含まれる特定の資産への配分比率を1としてそれ以外をゼロとすれば、 ポートフォリオといいながら、個別資産を表すこともできるからである。したがって、見慣れた個別資産の添え字$i$を利用すれば、 \[ r_i=\sigma_{ia}\frac{AC-B^2}{r_aC-B}+\frac{r_aB-A}{r_aC-B} \] でもよい。なんとなく目標とするCAPMの形に似てきている。先に道すじを明かすなら、 この式がゼロベータポートフォリオを利用するとCAPMになることを導こうというのである。

 

 

ゼロベータポートフォリオ

少し戻って効率的フロンティア上のふたつのポートフォリオの共分散がゼロとなる条件を考えよう。 そのために$w_a$のポートフォリオを止めて、$w_b$を共分散ゼロとなる$w_z$に変えて動かそう。 スカラーの係数は変えるわけにはいかないので、共分散の式の括弧内をゼロとおけばよい。するとまず、 \[ cov(r_z,r_a)= \frac{r_ar_zC-(r_a+r_z)B+A}{AC-B^2}\] より、 \[ r_ar_zC-(ra+rz)B+A=0\] とおいて、 \[ r_z=\frac{r_aB-A}{r_aC-B} \] となる。この$r_z$を使ってリスクを求めると、 \[ \sigma_z^2 = \frac{Cr_z^2-2Br_z+A}{AC-B^2} \] に代入して、すこし計算すると、 \[ \sigma_z^2=\frac{r_a-r_z}{r_aC-B} \] となる。配分比率$w_a$を決めたとき、このポートフォリオと共分散がゼロとなるポートフォリオが求められた。

ゼロベータポートフォリオとは、効率的フロンティア上のポートフォリオをひとつ定めたときに、 このポートフォリオと共分散がゼロとなる収益率とリスクを持つフロンティア上のポートフォリオをいう。

もちろんこれらは形式的な計算を行っただけであるから、本当にこのような収益率とリスクのポートフォリオが存在しうるのか、 という確認は必要であろう。でも次のような興味深い確認ができる。少し長々しいがやってみよう。

まず効率的フロンティアの接線の傾きを求める。接線の傾きは、$\partial r_a/\partial \sigma_a$であるから、 最小リスクポートフォリオを求めたときの式、$\partial \sigma_a^2/\partial r_a$を変形していく。

まずリスクの2乗がうるさいので、 \[ \frac{\partial\sigma_a^2}{\partial r_a}=2\sigma_a\frac{\partial \sigma_a}{\partial r_a} \] とする。この左辺はすでに先の「リスク最小化」の項で求めてあるので、 \[ 2\sigma_a\frac{\partial \sigma_a}{\partial r_a}=\frac{2r_aC-2B}{AC-B^2} \] とおく。数学的な細かい条件は整っていると考えて、 \[ \frac{\partial r_a}{\partial\sigma_a}=\frac{1}{(\partial\sigma_a/\partial r_a)} \] を利用し、変数の独立と従属の関係をひっくり返せば、 \[ \frac{\partial r_a}{\partial \sigma_a}=\sigma_a\frac{AC-B^2}{r_aC-B} \] となる。効率的フロンティアの接線の傾きが求められた。

次に効率的フロンティアのポートフォリオとゼロベータポートフォリオの収益率(リスクをゼロとして)を結ぶ直線を考えよう。 初等解析によれば、$(\sigma_a,r_a)$と$(0,r_z)$をとおる直線は、変数を$(\sigma_p,r_p)$とすれば、 \[ r_a-r_p=(\sigma_a-\sigma_p)\frac{(r_a-r_z)}{\sigma_a} \] と表される。故に、 \[ r_p=r_z+\sigma_p\frac{r_a-r_z}{\sigma_a} \] となる。$r_z$は切片であるから、傾き$(r_a-r_z)/\sigma_a$に注目して、上で求めたゼロベータの$r_z$を代入すると、 \begin{eqnarray*} \frac{r_a-r_z}{\sigma_a}&= &\frac{r_a-\frac{r_aB-A}{r_aC-B}}{\sigma_a} \\ &= &\sigma_a\frac{AC-B^2}{r_aC-B}\\ &= &\frac{\partial r_a}{\partial \sigma_a} \end{eqnarray*} となる。この結論は何を示すかといえば、効率的フロンティア上のポートフォリオと、 そのゼロベータポートフォリオの(リスクゼロとした)収益率の点を結ぶ線は、常に効率的フロンティアの接線となるのである。

ここでも厳密なことを言えば、最小リスクポートフォリオとなる、$r_a=B/C$のときは、 $r_z$が定義できないので存在しないというような事態が発生する。

それはともかく、この証明は逆に考えたらどうであろうか。 いま効率的フロンティア上のポートフォリオをひとつ選択する。そしてその点の接線を引く。 するとその接線が縦軸(収益率軸)と交わる切片の点は、ゼロベータポートフォリオの収益率となっているのである。 そして当然ゼロベータポートフォリオはフロンティア上にあるのであるから、切片の点から右横に進んで、 フロンティアと交わる点がゼロベータポートフォリオの収益率とリスクを表す点となるのである。

改めて思い出せば効率的フロンティアは双曲線を描くのであるから、どこでも微分可能であるとするならば、 その接線はいつも縦軸(収益率軸)に交わるだろう。そして交わった収益率軸の切片から右横に進めば、 やはり(効率的)フロンティアのどこかの点に到るだろう。それがゼロベータポートフォリオとなるのである。

さらには収益率切片がマイナスになったり、ゼロベータポートフォリオが負の象限になるというような現実的なチェックは必要となるだろうが、 この説明は素直にイメージできるものであろうし、十分な幅をとれば形式的にはゼロベータポートフォリオが おおよそ存在することを物語るのではないだろうか。

 

 

CAPM

続いていっきにCAPMを求めてみよう。すでにすべての用意はできておりあとは簡単である。 任意の資産は、効率的フロンティア上のポートフォリオによって、 \[ r_i=\sigma_{ia}\frac{AC-B^2}{r_aC-B}+\frac{r_aB-A}{r_aC-B} \] となる。ところが、 \[ \frac{r_aB-A}{r_aC-B}=r_z \] であるし、もうひとつ、先ほどの傾きの式の変形の途中を使って、 \[ \frac{(ra-rz)}{\sigma_a}=\sigma_a\frac{(AC-B^2)}{(r_aC-B)} \] であるから、 \[ \frac{(AC-B^2)}{(r_aC-B)}=\frac{(r_a-r_z)}{\sigma_a^2} \] を代入すれば、 \[ r_i=\frac{(r_a-r_z)\sigma_{ia}}{\sigma_a^2}+r_z \] となって、 \[ \beta_z=\frac{\sigma_{ia}}{\sigma_a^2} \] とおけば、 \[ r_i=\beta_z(r_a-r_z)+r_z \] というゼロベータCAPMが求められた。

ゼロベータCAPMは市場ポートフォリオによって求めたCAPMの一般化となっている。何故なら、 \[ r_a=r_m,\qquad r_f=r_z \] とおけば、われわれが親しんできたCAPMそのものであることは付け足すまでもなかろう。 試しに資産の数を減らして、先の「CAPM」の項を参考として ゼロベータポートフォリオCAPMを導出されるとよいのである。

 








CAPM」の項も参照ください。








































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