標本空間2

確率変数$X$はある標本空間$\Omega$に属する様々な事象$w$を独立変数として、そのそれぞれに実数に値をとる関数であることを説明した。 \[ X:w\in\Omega\rightarrow x\in\mathbb{R} \]

標本空間の要素を根本事象とか根元集合というが、より簡略に事象や試行などともいう。 つまり確率的な営為の結果$w$のことであり、標本空間はそれらが取りうるすべての結果を含んでいる。 \[ w\in\Omega \] たとえば、コイン1回投げの標本空間であるなら、 \[ \Omega=\left\{ H,T \right\} \] であるし、2回投げの空間であるなら、 \[ \Omega=\left\{ HH,HT,TH,TT \right\} \] である。

このような例のとおり、標本空間は別に実数の集合である必要はないし、数値である必要もない。しかし、 標本空間は定められた(確率的な)物事の集合であるから、標本空間を構成するにあたって、 いちおう当たり前の集合としての数学的な条件がつく。

そのひとつは、ある要素(事象)があったとき、それが標本空間の要素として含まれるかどうかが明らかになるということである。

標本空間としての境界条件がはっきりしていないと数学としては取り扱えないということは、例えば、 背の高い大学生という標本空間には、一体どの大学生が含まれるかは定かでない。 ある人は、身長180cm以上と思うかもしれないし、ある人は190cm以上と思うかもしれない。 このような定義では、標本空間は構成できないのである。

背の高い大学生では確率的事象にならないと思うかもしれない。ならば、精度の高いピストルという標本空間について分析しようとしても、 精度の意味が5m離れたところから10発打って直径10cmの円を8発がとらえるものか、1発でもとらえるものかで、 標本空間は異なるものとなってしまう。 要するに議論しようとする標本空間は誰もが了解できる境界が定められていないといけない。

ふたつめは同様の事柄として、標本空間の要素は互いに相違が判別できないといけない。

上のコイン2回投げの例では、要素$HT$と$TH$が判別されている。この場合、投げる順番を識別した標本空間となっていることを注意 しなければならない。もし識別しないなら、表だけが出る$\dot H$、裏だけが出る$\dot T$、表裏が出る$HT$として、$HT$と$TH$はどちらかでよい。 \[ \Omega=\left\{ \dot H,\dot T,HT \right\} \] として要素は3つになる。

さらに、2回続けて同じ面が出た場合$B$と、異なる面がでた場合$D$で標本空間を構成すれば、 \[ \Omega=\left\{ B,D \right\} \] という二つの要素の標本空間になってしまう。これは1回投げの標本空間と同じようなものになる。

ひとつのイベントを考えることとしても、さまざまな標本空間を構成することができることは便利であるが、 混乱の元なので、しっかりと確認されたい。

また、数学において集合は、同一の要素は記述しないことがルールであるので、1から5までの整数の集合を、 \[ \left\{1,2,2,3,4,4,5\right\} \] と記述することはない。正しくは重複をはずして、 \[ \left\{1,2,3,4,5\right\} \] としなければならない。そして、空間の中の要素の順番は問わない。 \[ \left\{1,2,3,4,5\right\}=\left\{3,4,1,2,5\right\} \] と考えてよい。もし順序に意味を持たすなら、順序対という新たな定義を持ち込まなければならないのだが、 ここではそこには踏み込まないこととしよう。

繰り返すが標本空間の要素は、あきらかに同じ空間の他の要素と判別されていると考えてよいし、 そのように標本空間は構成されなければならない。

袋に入った区別のつかないリンゴは、ひとつの要素としかみないのである。

この二つの条件は昔ながらの素朴集合論からの条件であるが、当然現代の集合論でも満たされなければいけないものである。

よりうるさくいえば、現代の公理論的集合論では、ラッセルのパラドックスのように集合でないものの集まり(「クラス」という) も発見されているので、確率的な事象は何でもかんでも標本空間にできるかといえば、すぐさまyesとはいえない。 かなりマニアックな話となるので、ほとんど気にかける必要はないのだが、その片鱗は後に少し触れよう。

標本空間の要素、つまり事象の数が有限の場合は有限標本空間となり、無限の場合は無限標本空間となる。 もし事象$w$の数が有限なら \[ \Omega=\left\{ w_i:i=1,\cdots, n \right\}=\left\{ w_1,\cdots, w_n \right\} \] などと表しうるが、無限であるなら、 \[ \Omega=\left\{ w_i:i=1,2,\cdots \right\}=\left\{ w_1,w_2,\cdots \right\} \] と記することになる。標本空間が整数全体でとったときは、このように可算で無限の標本空間となる。

事象の数が有限の場合は可算の標本空間であるが、無限の場合は可算な無限標本空間の場合と、 非可算な無限標本空間の場合がある。

突発的に発生する0~12アンペアまでの電流の標本空間として、$[0,12]$という実数範囲をとるなら、 \[ \Omega=\left\{ w\in\mathbb{R}:w\in[0,12] \right\} \] となり、これは非可算の無限集合となる。もう少し現実的にして、有理数に絞るなら、可算無限となって、 \[ \Omega=\left\{ w\in\mathbb{Q}:w\in[0,12] \right\} \] となる。さらに整数とするなら、 \[ \Omega=\left\{ w\in\mathbb{Z}:w\in[0,12]\right\}=\left\{ 0,1,\cdots,12 \right\} \] だから、有限標本空間となる。有限とか無限というのはあくまでも事象の数をいっているので、範囲をのべているのではない。

数学的に可算か非可算かを述べることも面倒なことだが、簡単な説明は、ある要素の隣が決して見つからないものをいう。 あるいは、より正確に自然数との1対1の対応がつけられないものをいう。

確率論の本論はだいたいにおいて実数つまり、無限、非可算な標本空間が対象となるが、 残念ながら例として説明に挙げるのは、有限な標本空間がおおい。 これは非可算、無限集合を例としてあげるのが非常に難しいことなので、有限の場合をよく理解して、自分なりに翻訳されたい。

 








要素を根元集合と呼ぶことに抵抗があるかもしれないが、すべては集合で構成されるというのが数学の基礎論の考え方である。





























































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