空間と測度の拡張

前項では有限標本空間を基に有限加法的確率空間$(A,\mathscr{F}(A),P)$を与えることまで話しを進めた。 それは、数学的には(全体集合、代数、有限加法的確率測度)の3つの組から成っている。 有限加法的確率空間の3つ組みは、確率変数の動く範囲を定めることで議論の前提を設定している。

代数は次の性質を満足する集合族$\mathscr{F}$である。

$A,\phi \in \mathscr{F}(A) $
$a_1,a_2\in \mathscr{F}(A)\rightarrow (a_1\cup a_2)\in \mathscr{F}(A) $
$a\in \mathscr{F}(A)\rightarrow a^c\in \mathscr{F}(A) $

有限加法的確率測度$P$とは、代数の上の関数であって、$P(A)=1$かつ次の条件を満足する。

$a \in \mathscr{F}(A)\rightarrow P(a)\geq 0 $
$P(\phi)=0 $
$a_1,a_2 \in \mathscr{F}(A),\quad a_1\cap a_2=\phi\rightarrow P(a_1)+P(a_2)=P(a_1\cup a_2)$ (有限加法性)

いま議論は有限な状態の空間の議論であるけれど、この3つの組を、例えば初等の確率論でやってきた、$\mathbb{R}$を実数全体として、 $\mathscr{F}(R)$を$(-\infty,+\infty)$を含む任意の区間$[a,b]$からなる集合族、実数値を取る確率変数$X$と密度関数$f(x)$として、 \[ \left(\mathbb{R},\mathscr{F}(R),\int_a^bf(x)dx\right) \] という議論ができる高みにもっていきたいのである。

ならば素直にそのまま、$A\rightarrow \mathbb{R},\mathscr{F}(A)\rightarrow\mathscr{P}(R)$としておけば、 事足りるのではないかと思うかもしれない。実際、有限標本空間を基にした集合族として、べき集合は代数の性質を満足する。

しかし現代の数学では、$\mathscr{F}(R)\rightarrow\mathscr{P}(R)$、 つまり代数を実数のべき集合でそのまま置き換えるとうまくいかないことが知られているのである。

このことは反例による異議申し立てが中心になるので、直接説明しようとすることは難しいから立ち入らない。ただちょっと近いものを感じられるお話として、 区間$[0,1]$の標本空間を考えてみたい。この区間で均一に数値が発生する確率事象を考えよう。

均一に発生するのだから、もし$[0,0.1]$の間に数値が発生する確率は、0.1となることは自然だろう。しかし、0.05という一つの数値が発生する確率は0である。 というのは、0から1までの間の数値は無限個あって、その中の1点の重みは、$\frac{1}{\infty}$だからである。

すると、0から初めて0.1までの数値を一つずつすべてを集めても、確率値は0であって、決して0.1に届かない。つまり、 \[ P([0,0.1])=0.1\ne \sum_{i=1}^{\infty} P(w_i)=0\qquad (w_i\in [0,0.1],i=1,2,\cdots) \] である。また、0から初めて数値を一つずつ集めようとしても、決して区間$[0,0.1]$を形成することはできない。

これは非可算の集合である区間$[0,0.1]$の点を一つずつ数えようとするところに無理があるのだが、単純に実数のべき集合をとって、 確率値を考えようとすると、このような無理が起きることがあるのである。

同じようなことはコイン投げを無限回行う標本空間$\mathbb{W}$をとっても起きる。 \[ \mathbb{W}=\left\{(w_1,w_2,\cdots):w_i=\left\{H,T\right\},i=1,2,\cdots \right\} \] として、このべき集合を$\mathscr{P}(W)$としよう。

単に無限回の中の1回目が$H$である確率を考えると、2回目以降の結果は無視されるから、確率値は0.5であろう。 しかし、無限回の要素をひとつずつ取り出して、そのうち1回目が$H$であるものの確率をどれだけ加えても、上と同じ理由で0としかならないのである。

このような説明とはまったく異なるが、関数の連続を議論する場合、例えば位相空間が$(\Omega,O)$(全体集合,集合族)と表現されて、 全体集合$\Omega$に対して、そこから生成される集合族$O$が、

(1)$\Omega,\phi\in O$
(2)加算な集合の列$a_1,a_2,\cdots\in O$ ならば、$(\cup_{i=1}^{\infty} a_i)\in O$
(3)$a,b\in O$ ならば、$(a\cap b)\in O$

という条件が満たされていると表現したことを思い出されるとよいだろう。 そして関数$f:O\rightarrow \mathbb{R}$ が連続となることを定義できるところに進んだ。 関数の連続のためには位相が必要で、それは単なる集合族ではすまずに、位相空間を必要とするのである。

有限の全体集合を無限の集合に拡張するに当たっては、(確率)測度と代数にたいする追加の条件が必須となるのである。

たいした説明はできないので、それは後にして、まずは代数と測度に対する条件を述べておこう。

集合$\Omega$の集合族$\mathscr{F}$が次の条件を満足するときσ代数、あるいはσ集合体という。

(1)$\Omega,\phi\in \mathscr{F}$
(2)$a\in\mathscr{F}$ ならば、 $a^c\in\mathscr{F}$
(3)$a_1,a_2,\cdots \in\Omega$ ならば、 $(\cup_{i=1}^{\infty}a_i)\in\mathscr{F}$

そして、σ代数上の関数$m$が次の条件を満たすとき、関数$m$は完全加法な測度であるという。

(1)$a\in\mathscr{F}$ について、常に$m(a)\geq 0$
(2)$m(\phi)=0$
(3)$a_1,a_2,\cdots \in\mathscr{F}$かつ、どの$a_i\cap a_j=\phi(i\ne j)$ならば、$m(\cup_{i=1}^{\infty} a_i)=\sum_{i=1}^{\infty}m(a_i)$

われわれが使おうとする確率測度については、これらに加えて、$m(\Omega)=1$という条件も必要となる。

σ代数と完全加法な測度は、これまで述べた代数と有限加法的測度の無限空間への拡張であるが、さほど違和感のあるものではないだろう。 誤解を招く恐れを覚悟して、あえてその本質を考えてみると、これらの拡張の条件は、非可算の広漠な無限空間を、 可算な無限空間とその上の関数に限定しているということだろう。

無限の合併集合や無限和を使っているが、いずれも$i=1,2,\cdots$ という可算の手続きが可能であることに気付かれたい。非可算の無限集合では、 ある数字の隣の数字はみつけられないのであるが、これらの条件はとなりの数字が見つかることを主張しているのである。

積分のリーマン和は、適当な区間$[a,b]$を$n$個に細分割して、そのすべての小区間$x_{i+1}-x_i$をできるかぎり小さくして、積和をとることだった。 \[ \lim_{n\rightarrow \infty}\sum_{i=1}^nf(x_i)(x_{i+1}-x_i)=\int_a^b f(x)dx \]

このとき$n\rightarrow\infty$とするけれども、細分割の小区間は決して点にはならないことを思い出されたい。 区間はどれだけその幅を小さくしても区間であって、ある区間の隣の区間を見つけることができるのである。

もし区間が小さな点になってしまえば、リーマン和は常にゼロになってしまう。 とりあえず$n\rightarrow\infty$という操作には、そこまでは求めていないのである。

σ代数や完全加法測度はこれと同じ考え方をとっているということなのである。

 






























$\mathscr{F}(A)$(代数)と$\mathscr{P}(R)$(べき集合)が判別し難いので注意してください。







































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