積分における測度

前項では、簡単に外測度からルベーグ測度まで定義を進めた。本項では少し道筋を逸れるが、定義を繰り返しながら、 ルベーグ積分における測度の導入について触れておこう。

ルベーグ積分は(外)測度と可測集合を定義するところから始まる。

測度とは、所与の集合に対して定まる体積、面積や長さなどの「大きさ」を表す数値のことである。

ルベーグ積分の冒頭にある測度論とは、なんらかの全体集合が与えられたとき、その部分集合の大きさをいかに測るかを定めるための理論である。 もちろん任意の部分集合といっても、測れること(可測集合)が前提となる。(残念ながら、どうしても測れない集合(非可測集合)もある。)

初等の数学における面積というと、まず関数のグラフが与えられたとき、グラフと$x$軸に挟まれた領域を面積として思い浮かべるだろう。 平面に置かれた長方形の面積は縦×横で求めるが、それはどこかに直交する$x-y$軸があってのことだろう。

より一般的、抽象的な状況を想定すると、そのようなグラフと$x$軸はいつも用意することはできないし、 そういう状況だけに縛られたくはない。測りたい対象物は長方形ばかりではない。 われわれは任意の集合(及びその部分集合)の「大きさ」を測ろうとするのである。

ある部分集合には何らかの値(測度)を割り当てることとするが、当然としてその値のとり方(測り方)は一意ではなく、 いろいろであって構わないものとしたい。抽象的な議論だから、「大きさ」とはあくまでも比喩であって、 尺度を意図するような名詞ならば特段困るものではない。「測度が大きい」という言葉は、「確率が高い」に置き換わることができてほしい。

なぜそのような測度を考えるかといえば、最終的には積分を拡張したいのである。「関数$f(x)$を適当な区間$[a,b]$で積分する」ことを、 \[ \int_a^bf(x)dx \] と書くことはご存じだろう。これを「任意の部分集合$(x\in)A$の上の関数$f(x)$を測度$m$で積分する」としたい。つまり、 \[ \int_Af(x)dm(x) \] とできるようになりたいのである。もしこの形式に持ち込めるなら、$m$の広がりによって関数の積分はいっそうの自由度を得ることになるだろう。 なぜなら、いつも$x$軸の上での積分にとらわれる必要がなくなるからである。

測度は簡単な面積を抽象化して一般化するが、リーマン積分では積分によって面積を定義したが、 ルベーグ積分では積分のために測度(つまり面積)が必要となるのである。先に測度(面積)在りきなのである。

実は、測度は区間、面積を出発して積分となり、さらに関数に育っていく。そのような見通しはこの時点ではなかなかピンとこないかもしれないが、 数学の形式の中で現実的な事柄(リーマン積分)が高度に抽象的な概念(ルベーグ積分)で整理発展した恰好の例なのかもしれない。

大仰に始めたが、とはいえ、測度は初等から学んだ面積計算と全く異なるものではないし、 全然異なっても困る。いつもどおりユークリッド空間なら、次元を増やせば体積、次元を減らせば長さを含んだ概念となる。

 

外測度と可測集合

測度は集合を測るための物差しであるから、自らを規定しようとすると、ちょうど直定規なら直線、巻尺なら凹凸物というように、 測りうる物(可測集合)についての前提も同時に考えなければならない。

分かりやすくするために、とりあえず平面上の適当な図形を(部分)集合、縦×横という面積が明らかな長方形を単位あたり測度に置き換えて考えることとする。

簡単な平面の図形と、それを覆うタイル(長方形)を用意する。2次元平面の有界な集合$A\subset \mathbb{R}^2$(任意の図形)を いくつかの長方形(縦$x$、横$y$)の細かいタイル \[ I_k=\left\{(x,y)|c_1^{(k)}\leq x\leq c_2^{(k)},\quad d_1^{(k)}\leq y\leq d_2^{(k)} \right\}\] で覆いつくす。 \[ A\subset\sum_{k=1}^{\infty}I_k \] とする。この中でもっとも小さいものを外測度(outer measure)という。 \[ m^*(A)=\inf\sum_{k=1}^{\infty}|I_k|,\quad(|I_k|=|c_2^{(k)}-c_1^{(k)}|\times|d_2^{(k)}-d_1^{(k)}|) \] とりあえず余すことなく覆うことで測度(面積)とするなら、大きな見当違いは無いだろうということである。

長方形のタイルの組ではなく、外測度を一般化すると、次の4つの条件で定義することができることがわかっている。

(1)$0\leq m(I)\leq\infty$(非負)
(2)$m(\phi)=0$(空集合は0)
(3)$I_1\subset I_2\rightarrow m(I_1)\leq m(I_2)$(単調)
(4)$m\left(\cup_{k=1}^{\infty }|I_k| \right)\leq \sum_{k=1}^{\infty }m(|I_k|)$ (劣加法性)

次に集合$A$を含むより大きな長方形の集合$J$をとる。長方形はタイルで余すことなくきちんと覆うことができるから、 \[ |J|=m^*(J) \] を認めよう。そして、外測度をすぐさま使って、 \[ m_*(A)=|J|-m^*(J\cap A^c) \] とする。これを内測度という。

$A$は有界であるので、被覆する$J$を探すことができる。$J$がタイルで精密に覆える(等号が成り立つ)ことは 本来証明すべき事柄であるが、まず認めることとする。$J$の被覆を認めると内測度は視点を変えた外測度でしかない。

もし測度(面積)が存在するなら、 \[ m_*\leq m\leq m^* \] という関係にあるだろう。リーマン積分の上積分と下積分の定義に近いが、下積分に準じる内測度の取り方に決定的な違いがある。 なぜなら、リーマンならば、小さなタイルを使って、$A$の内側を埋めていき、その中のもっとも大きなものを見つけて、 \[ \sup \sum_{k=1}^{\infty}I'_k\subset A \] この左辺を$m_*(A)$と置くだろう。しかし、ルベーグのアイデアのほうが広い集合を扱える。たとえば、正方形にある無理数の集合の測度を考えるとよい。

タイルをどんどん細かくすれば、ついには面積=外測度=内測度となるという確信のもとで、 \[ m^*(A)=m_*(A) \] が成り立つ集合$A$をルベーグ可測集合、あるいは単に可測集合という。そして、$m=m^*=m_*$をルベーグ測度あるいは単に測度という。 測度が機能するかどうかは、測ろうとする部分集合の在り様(可測性)にかかかることが自然と理解されるだろう。

ここまでの文脈でおおよそ推測されるかもしれないが、ルベーグ非可測な集合も存在する。 しかしそれはわれわれが目に見えるような図形として描くことはほとんど不可能なものである。

カラテオドリのアイデア

ところがルベーグ可測集合とは、全体集合にあるどんな部分集合$E$をとっても、外測度$m^*$によって、 \[ m^*(E)=m^*(E\cap A)+m^*(E\cap A^c) \] が成り立つような集合$A$と同値であることがカラテオドリによって証明された。 ルベーグの説明と区別したいときは、これをカラテオドリの意味での可測(集合)という。

カラテオドリの定義は純粋に外測度しか使っていないことに注意しよう。カラテオドリの可測集合の上では、 外測度$m^*$の$*$を外すことができて、(ルベーグ)測度$m$となるのである。

ルベーグの可測集合の定義から、どのような契機でこの定義を着想したのだろうか。この$A$がσ代数に育つのである。

ではカラテオドリの可測集合がσ代数となることを簡単に見ておこう。σ代数の条件は、次のとおりであった。
(1)$\Omega,\phi\in \mathcal{F}$
(2)$A\in\mathcal{F}$ ならば、 $A^c\in\mathcal{F}$
(3)$A_1,A_2,\cdots \in\Omega$ ならば、 $(\cup_{i=1}^{\infty}A_i)\in\mathcal{F}$

きちんとした証明は厄介なので、焦点となる(3)について、 互いに素な$A_1,A_2\in\mathcal{F}$に対して、$(A_1\cup A_2)\in\mathcal{F}$。つまり、任意の$E\subset \Omega$に対して、 \[ m(E)=m(E\cap (A_1\cup A_2))+m(E\cap (A_1\cup A_2)^c) \] を確認する。$A_1,A_2,\cdots$の証明は本格的なテキストをご覧下さい。

$A=A_1\cup A_2$とおくと、$A^c=(A_1\cup A_2)^c=A_1^c\cap A_2^c$である。さらに、 \[ E=(E\cap A)\cup (E\cap A^c)=(E\cap (A_1\cup A_2))\cup (E\cap (A_1\cup A_2)^c) \] であって、もともと$m$は外測度から出発しているので、 \[ m(E)\leq m(E\cap (A_1\cup A_2))+m(E\cap (A_1\cup A_2)^c) \] であることは認めておこう。これを劣加法性という。

$A_1,A_2\in\mathcal{F}$だから、 \[ m(E)=m(E\cap A_1)+m(E\cap A_1^c),\quad m(E)=m(E\cap A_2)+m(E\cap A_2^c) \] は分かっている。$E$はどんなものでもよいから、$E\cap A_1^c$として二つ目の式に代入すると、 \begin{eqnarray*} m(E\cap A_1^c) &=&m((E\cap A_1^c)\cap A_2)+m((E\cap A_1^c)\cap A_2^c) \\ &=&m(E\cap(A_1^c\cap A_2))+m(E\cap(A_1^c\cap A_2^c)) \\ &=&m(E\cap A_2)+m(E\cap(A_1\cup A_2)^c) \end{eqnarray*} となる。

一つ目の左の式に戻して、 \[ m(E)=m(E\cap A_1)+m(E\cap A_2)+m(E\cap(A_1\cup A_2)^c) \] である。右辺の第1,2項にやはり外測度を使って、 \begin{eqnarray*} m(E\cap A_1)+m(E\cap A_2) &\geq &m((E\cap A_1)\cup(E\cap A_2)) \\ &=&m(E\cap(A_1\cup A_2)) \end{eqnarray*} となるから、 \[ m(E)\geq m(E\cap (A_1\cup A_2))+m(E\cap (A_1\cup A_2)^c)\] となって、逆向きの不等号が同時に成り立つためには、 \[ m(E)= m(E\cap (A_1\cup A_2))+m(E\cap (A_1\cup A_2)^c) \] であることが得られるから、$(A_1\cup A_2)\in\mathcal{F}$がわかる。

カラテオドリの定義は、平面や立体という対象物が抽象的な集合に置き換わり、タイル貼りという計測作業も陰に隠れて、 抽象的な測度とσ代数だけが残る新たな展開の幕開けとなった。

 































自らの理論の形式性と抽象性を一番恐れたのはルベーグその人であったと、志賀浩二はルベーグ積分30講の中で数学史の解説を引用している。 すなわち、一般的なルベーグ積分で何が得られるのかということを理解し説明することのむずかしさを示唆しているともいえよう。










抽象的な集合と測度と言っても図形と面積以外に一体どういうものかと訝られるかもしれない。事象と確率は典型の例だが、 連続関数の空間にある関数の積分を測度として考えたりするのである。









任意の集合の大きさを測ると言いながら、非可算な全体集合のすべての部分集合には、 条件として述べる必要とされる性質を満足する測度が割り当てられないことを暗に認めた上での議論となる。
































































カラテオドリの可測集合$A$の定義は、集合$A$をいろんな集合$E$によってどう切り取っても、 条件とする測度の式が成立することをいう。

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