零集合

前項ではボレル集合、ルベーグ可測集合、べき集合の3つのσ代数の関係に進んだ。ちょっと気になることはいずれも等号がつかないことである。 \[ \mathcal{B}(R)\subset \mathcal{F}(R)\subset \mathcal{P}(R) \] 右側の第二、三項のルベーグ可測集合$\mathcal{F}(R)$とべき集合$\mathcal{P}(R)$の相違は、前項で選択公理を認めることから$\mathcal{P}(R)$に 非可測な集合が存在してしまうことを簡単に紹介した。

本項では、左側の第一、二項のボレル集合族$\mathcal{B}(R)$とルベーグ可測集合$\mathcal{F}(R)$の相違について話しておこう。 そのために少しの準備が必要となる。

まずは測度が0となる零集合である。つまり、適当な測度$m$に対して、 \[ N=\left\{ A : m(A)=0,A\in\mathcal{F} \right\} \] となる$N$のことである。

これではまた説明が循環的な感じがするだろうから、これまでどおり区間を使った定義も示しておこう。

どんな小さな整数$\epsilon$をとっても、たかだか加算個の区間列$J_1,J_2,\cdots$を選べば、$N\subset \cup J_i$とできて、 \[ \sum m(J_i)\lt \epsilon \qquad(i=1,2,\cdots) \] が成り立つとき、$N$を零集合という。

すこしはましになったと思うがこれでも定義から入るとなんだか分かったような分からぬような不思議な感じがするかもしれないので、 具体的に補足しておこう。

例えば1点の要素を持つ集合$\left\{a \right\}$は零集合である。 少し大きくして有限個の要素を持つ集合$\left\{a_1,a_2,\cdots ,a_n\right\}$も零集合である。これらは区間の外測度を当てはめれば直ちにわかる。

もっと大きくして有理数の集合を考えよう。そのためには無限の対応をしなければならないが、 それは、零集合の無限列$N_1,N_2,\cdotsを$用意して、 \[ N=\cup N_i \qquad(i=1,2,\cdots) \] を得ておく必要がある。

これを認めれば、有理数は無限だがやはり加算個であるから零集合となることが得られるが、少し驚くような結論だろう。

有理数は莫大に在るのだけれど、無理数を合せた実数の世界で見晴らせば、莫大にある有理数も点々としか散らばっていないので、 区間で覆って足し続けてもたかだかゼロになってしまうのである。

では非加算な無限集合の中に測度0の集合があるのだろうか、と訝られる向きもあろう。 その答えは有名なカントル集合が見つかっていてYesなのである。 非加算無限であっても点々としか散らばっていなければやはり測度0となりうるのである。

そのことをかんたんに紹介しておこう。実数$\mathbb{R}$の閉区間$I=[0,1]$ をとる。

(1) $I$ の中点を中心とした長さ$1/3$ の開区間$J_{11}$(真ん中にある3分の1の区間)を除く。 左右に3分の1の区間が二つ残る。

(2)上の(1)の操作で除かれた後の左側の閉区間を$I_1$, 右側の閉区間を$I_2$ とする。$I_1$ の中点を中心に、 長さ$(1/3)^2$ の開区間$J_{21}$を除く。同様に$I_2$ の中点を中心に長さ$(1/3)^2$ の開区間$J_{22}$を除く。

(3) さらに(2)の操作の後残っている閉区間を左から$I_{11},I_{12},I_{21},I_{22}$ とする。 おのおのの閉区間の中点を中心とした長さ$(1/3)^3$ の開区間$J_{31},J_{32},J_{33},J_{34}$を除く。

(4)以下この操作を繰り返す。

以上のような開集合を除去して最終的に得られる閉集合$C$はカントル(Cantor)集合と呼ばれる。

カントル集合はすべて閉区間の結合だからボレル可測である。そしてその測度は、 \[ m(C)=m([0,1])-m\left(\cup_{k=1}^{\infty }\cup_{i=1}^{2^{k-1}}J_{ki}\right)=1-\sum_{k=1}^{\infty }\frac{2^{k-1}}{3^k}=0 \] であるからゼロとなることが得られる。

ところでこのカントル集合は、3進法表示すると0と2だけで表される数字となっていることがわかっており、 2を1に変えれば2進法の数字と同型となる。2進法の数字全体は実数と同じ濃度となるので、 カントル集合は実数とおなじ非可算(連続)であることになる。

つまり、カントル集合は非可算無限の濃度を持つが、測度はゼロであることになる。 興味をもたれれば大抵の集合論のテキストに載っているので詳細を参照されたい。

零集合は$\mathcal{F}$上の可測な関数を考えていく上で必須のアイテムとなるのだがそのことはおいおいと述べるとして、 その前に零集合を使えば、測度空間の完備性を定義できる。

測度空間が完備であるとは、$A\in\mathcal{F}$が、$m(A)=0$であるとき、任意の$a\subset A$は$a\in\mathcal{F}$となることをいう。

つまり、完備な空間とは任意の零集合が集合族に含まれていれば、その部分集合もやはり含まれていることが保証できる空間をいう。 なぜ空間の完備性が問われるかというと、例えば、測度0の集合を確率0の事象として考えてみよう。

もし確率0の事象があるならば、その部分集合の確率も0であって欲しいとおもうだろう。 確率0であるということは可測であるから$\mathcal{F}$に含まれていることを要請しているのである。

区間を使って求めているのだから、任意の零集合はルベーグ可測集合に含まれていることはよいだろうか。 そしてルベーグ測度と可測集合を使った測度空間$(\mathbb{R},\mathcal{F}(R),m)$は完備な空間になることがわかっている。

ところが、一方で区間の共通部分から用意したボレル集合体による測度空間$(\mathbb{R},\mathcal{B}(R),n)$は完備ではないことが分かっている。

完備でないところに不等号が生じるのだが、ボレル集合体でないルベーグ可測集合の反例をあげることは、 前項で触れたように、べき集合からルベーグ非可測な集合を探すときと同様にかなりやっかいである。

ちょっとした小話をするなら、ボレル集合族は区間を含んだ最小のσ代数であるから、区間を含んで絞りに絞ったσ代数となっている。 絞り込む中で零集合が一部脱落しているのである。

一方でルベーグ可測集合はカラテオドリの外測度をもとに、 \[ m^*(E)=m^*(A\cap E)+m^*(A^c\cap E) \] という完全加法性のための条件を付加して生み出している。

ここで$A$が零集合である場合を想定してみよう。常にこの条件式が満足される。

ということはルベーグ可測集合は当然ながらたいていの零集合を含んでいる。 しかしボレル集合体は絞りに絞ったために零集合で含まれないものが生じて、この差がボレル集合体とルベーグ可測集合の不等号を生み出しているのである。

ボレル集合体はすべての区間を含んだ最小のσ代数であるが、ルベーグ可測集合はすべての区間とすべての零集合を含んだ最小のσ代数となっているのである。

結果として、われわれの組み立てているレベルの議論ではほとんど問題がないと思うだろう。まさにそのとおりだと同感する。

 













































































まずカントル集合のまばらさで、非可算無限個になるという事実に驚くが、一方で密集している無理数全体の要素数の多さに愕然とするだろう。










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