筒集合

測度論の基礎で測度と測度が上にのる集合について述べた。ひとつも証明を行っていないので結論といえばおこがましいが、 たどりついた事柄は、実数$\mathbb{R}$に対するボレル集合族$\mathcal{B}$、ルベーグ可測集合$\mathcal{F}$、 べき集合$\mathcal{P}(R)$の間にある、 \[ \mathcal{B}\subset\mathcal{F}\subset\mathcal{P}(R) \] という等号のつかない狭義の包含関係であった。

確率論について言えば、あまり聞きなれないと思うボレル集合を扱っていればまず問題はないのだが、それは集合がσ代数の性質を満たし、 その上にある測度が完全加法性満たす必要性から限定された条件であった。

これらの背景をおおよそ知っておくだけでも、テキスト入り口のもやもやがかなり減るのではないかと思う。 本項ではこれらを土台として確率論で利用される筒集合と確率測度の拡張について述べておこう。

先の項で触れたコイン投げの例にもどりたい。表を1、裏を0としてコイン投げをきちんと$n$回繰り返す。 この試行を確率論では次のように表す。いずれか1回の試行を$w_i(i=1,\cdots,n)$とすれば、 \[w_i=\left\{ \begin{array}{ll} 1 & (H) \\ 0 & (T) \end{array} \right. \] となるので、全体集合$\Omega=W_n$は、 \[ W_n=\left\{ w_1,w_2,\cdots ,w_n\right\} \] である。

こうしておけば二つの結果が得られるコイン投げでなく、 サイコロ投げのような例を含めて有限個の結果を得る事象$w_i$の$n$回の試行も同様に議論できる。 コイン投げという具体的な行為を数値0と1に変換するのであるから$w_i$が写像になっていることに気づかれるだろう。

この$w_i$が確率変数といわれることはよくご存知だろうが、確率変数は任意の試行を実数空間へ変換する写像すなわち関数となる。

確率論における全体集合とは、ある事象のすべての結果、可能性のあるすべての結果を含んだ集合となっていて、 標本空間と呼ばれたりする。

コイン投げでは$n$回投げのすべての結果の数は、それぞれの$w_i$が二つの可能性だけを持つから、 標本空間の要素の数は$2^n$個である。

この状態でとどめておけば、全体集合$W_n$は有限であって、$W_n$から作られるべき集合$\mathcal{P}(W_n)$は、 集合族としての代数となり$2^{2^n}$個の元を持つ。 この$W_n$の上に有限加法的測度を構成することは個数測度の例で試みたとおりたやすい。

では、ここで$n\rightarrow\infty$として、試行の回数を無限に伸ばすことを考えよう。 この項までの流れでいけば、そのときまず調べなければいけないことは、 全体集合$\Omega=\mathbb{W}=\left\{W_n:n\rightarrow \infty\right\}$はどのようなものになるかということである。

何故なら$\mathbb{W}$のべき集合がσ代数でルベーグ可測集合となるなら、まずはそれをそのまま使おうとするのが分かりやすい。

しかし$\mathbb{W}$が実数$\mathbb{R}$と同様な集合になると、冒頭の包含関係が生じて、 $\mathbb{W}$のべき集合をルベーグ可測なσ代数としてそのまま利用できなくなるからである。

集合論ではある集合が含む要素の数を濃度というので、そのような言葉を使ってこの疑問を端的に書き直せば、 $n\rightarrow \infty$とした$\mathbb{W}$の濃度は無限であることは間違いないが、可算なのか非可算なのかということである。 ご存知のとおり実数$\mathbb{R}$は非加算無限である。

この懸念はまったく正鵠を射ているのであって、$\mathbb{W}$の濃度は半開区間$(0,1]$と同一、 さらには実数$\mathbb{R}$と同一の濃度を持つことが証明されるのである。

$\mathbb{W}$のこの性質は少し不思議な感じがするかもしれないが、ありとあらゆる実数が2進数で現せることをイメージすれば、 多少は納得できるだろうか。

したがって、無限回の試行となる全体集合$\mathbb{W}$は、そのべき集合にルベーグ非可測な集合を含み、 確率空間を構成するときに、σ代数としてべき集合$\mathcal{P}(W)$をそのまま使うことはできない。 なんらかの制限を加えなければならなくなるのである。

そこですでに無限回の試行があって、その中から最初の$n$回をとりだすことを考えよう。 無限の試行$A=(w_1,w_2,\cdots )\subset \mathbb{W}$と、 その$n$回までの試行に着目した$A_n=(w_1,・・・ ,w_n)\subset W_n$があって、$A_n$を所与として、 $A$の最初の$n$回の試行の結果が$A_n$となるものをすべて集めることにする。$n$回までの試行が限定されているので、$A|_n$とする。

$w_1,\cdots w_n$は限定されているが、$w_{n+1}$以降は何でもよいのである。 \[ A|_n=\left\{(x_1, x_2,\cdots,x_n,\cdots )\in\mathbb{W}:x_1=w_1,\cdots,x_n=w_n \right\} \]

この$n$回までの結果を限定した無限回の試行$A|_n$を、 さらにすべて集めたものを筒集合$\mathcal{C}(A)$あるいは柱状集合(シリンダーセット)という。

このすべて集めたものという言い方に注意されたい。$n$は指定されているように見えるが、どのような値でもとりうるのである。 もちろんどの$w_i$だってどんな値でもとりうるのである。

要するに無限回の試行のうちの、最初の有限の$n$回の試行だけに着目して、残りの$n+1$回以降は無視するのである。 無視するというのはあまりに乱暴な言い方だろうから数学で使用するふつうの用語でいえば、 無限次元の空間から有限次元への単純に次元を縮小した射影をとると述べれば馴染みがあるだろうか。 \[ f:A=(w_1,w_2,\cdots w_n,w_{n+1},\cdots)\in\mathbb{W}\rightarrow A|_n=(w_1,\cdots w_n) \]

そしてその後「すべて」であるから、$A|_n$の$n$はどれだけ大きくてもよいと考える。 たくさんあるいろんな$A|_n$のすべてを集めた筒集合$\mathcal{C}(A)$をとることができる。

しかし、どれだけ大きくても$n$は$n$であるからたかだかとなるので、 射影をとって有限と見れば$\mathcal{C}(A)$が集合族としての代数となることは上のほうで述べた例で容易に受け入れられる。 そしてこれはまだ有限個であるから、なんらかの測度を導入することは可能であろう。

故に、有限加法的測度空間$(\mathbb{W},\mathcal{C}(A),m)$、確率論として言えば、有限加法的確率空間が構成できる。

ここまでは自然に発展できる。しかしわれわれはここから真に無限回の試行に伸ばしたいのである。 そのためには、$\mathcal{C}(A)$をもとにしたσ代数を用意しなければならない。すでにボレル集合族のときにやったものと同じ操作で、 \[ \mathcal{C}=\cap\left\{C:Cは\mathcal{C}(A)を含むσ代数,どんなnに対するA|_n\subset \mathcal{C}(A),A∈\mathbb{W}\right\} \] というσ代数をつくる。これを筒集合で生成するσ代数という。

一般になんらかの方法で、任意の代数$\mathcal{F}$を含んだ一番ちいさなσ代数が作れれば、これを$\mathcal{F}$で生成するσ代数と呼ぶ。

頭についた$\cap$は最小化の操作である。この$\mathcal{C}$がもとになれば、 その要素には必要となる事象の結果を確実に含んでいるから有限回から(ほぼ)無限回への拡張ができることになる。

もちろんボレル集合の際も省略してしまったが、 全体集合とその要素となるなんらかの集合族を含む最小のσ代数が存在することの証明をしなければならない。 このことは全体集合のべき集合がσ代数になることが明らかだから、そのなかから目的とする集合族を含んで適当に選び出せば、 小さなσ代数が作り出すことができそうな気がするだろう。したがって任意のσ代数の生成が保証できるので大丈夫なのである。

すると$W=W_n(n\rightarrow \infty)$という無限の全体集合あるいは標本空間を取り扱おうという問題は、 有限加法的確率空間$(W_n,\mathcal{P}(W_n),m)$から、筒集合が生成するσ代数$\mathcal{C}$による、 (ほぼ無限の)確率空間$(\mathbb{W},\mathcal{C},m')$で、測度$m$から$m'$に拡張する問題に切り替わることとなる。

この項の説明は慣れないと分かりにくいかもしれない。「すべての有理数」の集合を用意すると、どんな「無理数」にも、 いくらでも近づくことができるという説明を思い出されたい。

 




























































































































この測度の拡張に関する解答がホップ-コルモゴロフの定理といわれるものになる。

inserted by FC2 system