確率測度の拡張

前項では、試行回数を$n$に定めた有限加法的確率空間$(W_n,\mathcal{P}(W_n),m)$から、筒集合で生成するσ代数$\mathcal{C}$を 土台とした無限の確率空間$(\mathbb{W},\mathcal{C},m')$への拡張に議論が進んだ。

筒集合は無限ではあるが、われわれが確率を考える上で必要な試行の結果がすべて含まれている集合族としての代数になる。 そして$\mathcal{C}$はその筒集合をもとにして生成したσ代数だから、必要となる無限の試行の結果をすべて含んでいる。

集合族の拡張が可能ならば確率空間の拡張の焦点は、$m'$が期待したようなものになってくれるだろうかということになる。 もっと端的にいえば、無限の試行になっても、有限の試行で使用した測度をそのまま使いたい。 つまり$m\sim m'$となってくれるだろうかということである。

その答えは肯定的にホップとコルモゴロフによって確認されている。確率論の中級のテキストでは最初にこの定理に触れることで、 その後の議論の自由を確保することになるが、一方でσ代数と完全加法な測度の背景を抜きにしては、 テキストの冒頭から定理の意味することを汲み取るのは、なかなか難しいのではないかとおもったりする。

あまり気にすることなく続ければいいという考えでも十分だろうが、ここまで基礎的な話を積み上げてきた一つの目的が、 そういった事柄にいちおうの理解を得るためなのであった。

有限加法的確率空間$(W_n,\mathcal{P}(W_n),m)$がある。 測度$m$が筒集合の族の生成するσ代数$\mathcal{C}$の確率測度に拡張できるための必要十分条件は、 $m$が$\mathcal{C}$の上で完全加法的であることである。そしてこの拡張は一意である。

この定理を証明することは相応の訓練と慣れが必要となるが、測度論の基礎の項をお読みいただいていれば、 定理の言わんとすることはいちおう汲み取ることが可能だろう。可能であろうし、 これまでの定義や構成を思い浮かべれば当たり前の事柄を主張しているに過ぎない。

つまり、有限な空間で設定した測度を無限な空間にそのまま拡張するためには、その測度が拡張したσ代数上で完全加法性を持つことが 必要十分となるのである。

われわれはすでにσ代数と完全加法な測度をセットで見てきたので、特段の違和感はもたれないだろう。

ここで述べたホップ-コルモゴロフの定理は前に断ったようにあくまでも概略であって、 一つの定理の形で述べられることもあるようだが、詳しく述べたい確率論のテキストなどではホップの定理と、 ホップの定理を利用したコルモゴロフの定理に分けて説明されることも多い。

二つに分けた説明の場合、上で掲げた定理はほとんどホップの定理となり、全体集合に実数の無限次元を与えたものがコルモゴロフの定理となる。 繰り返しでくどくなるかもしれないが、折角の折なので分けて紹介しておこう。

有限加法的測度空間$(W_n,\mathcal{P}(W_n),m)$がある。測度$m$が無限の試行の標本空間から生成されるσ代数$\mathcal{F}(W)$上で完全加法的であれば、 $m$は測度空間$(\mathbb{W},\mathcal{F}(W),m)$の測度に拡張できる。そして、$m$が有限測度であれば拡張は一意である。

まず一般的な測度空間で拡張を考えたものをホップの拡張定理という。カラテオドリの拡張定理と呼ぶテキストもある。 拡張が一意となるためには有限な測度であるという条件ははずせない。

主として測度論を展開しているのであれば、測度の拡張は一般的なこの定理で十分であろうが、 確率論への適応に足を踏み入れると、もう少し具体的なコルモゴロフの定理が欲しくなる。 コルモゴロフの定理の紹介には多少の準備が必要となる。

前項では言葉の定義を与えなかったが、 コイン投げのような試行$w_i$(表=1、裏=0)をn回繰り返すことによって生まれる全体集合=標本空間$W^n$を数学では直積空間という。 ひとつの試行を表す$W_1=\left\{0,1\right\}$という空間を$n$個積み重ねて$W^n=W_1\times\cdots\times W_1$作ったものとなる。 小さなひとつひとつの空間から元を取り出してくることを思い浮かべられたい。

そこで全体集合をこの実数空間の直積として可算無限次元空間にもっていきたい。 つまり$\Omega=\mathbb{R}^n(n=1,2,\cdots )$である。これを考えることができれば、 コインやサイコロ投げよりはるかに大きい実数全体に値をとる無限の試行の結果を対象とすることができる。

すでに説明したやり方をとれば、確率空間$\mathbb{R}^1=(\mathbb{R},\mathcal{F},m)$を、 無限個$\mathbb{R}^N(N=1,2,\cdots)$用意したうえで筒集合を準備する。

$n$回までの試行に着目した$A_n=\left(w_1,\cdots,w_n\right)\in \mathbb{R}^n$があって、$A_n$を与えたうえで、 $A=(w_1,w_2,\cdots )=w\in \mathbb{R}^N$の最初のn回の試行の結果を限定して、 $A|_n=A_n$となる$A$をすべて集めて代数となる筒集合$\mathcal{C}(A)$をつくる。そして、 \[ \mathcal{C}=\cap\left\{C:Cは\mathcal{A}を含むσ代数,どんなnに対しても、A|_n\subset\mathcal{C}(A),A\in \mathbb{R}^N \right\} \] というσ代数を用意する。

一方で測度は、有限な筒集合の上で、 \[ m(A_n)=m_1(w_1)\times m_1(w_2)\times\cdots \times m_1(w_n)=\prod_{i=1}^n m_1(w_i)\] と定義する。$\prod$ は連乗積の記号である。この$m$が$\mathcal{C}$のうえで完全加法的であったなら、直ちにホップの拡張定理を利用して、 \[ m'(w)=\prod_{i=1}^{\infty} m_1(w_i) \] に拡張できることとなるが、確かにそのとおりの証明を得ることができるのである。

測度の積については直積空間と確率論における試行の独立性について感じられるものがあるだろうか。

そしてさらにこの有限な直積集合の上で定義した測度$m$は、任意の数の直積空間の増加を意識して、 \[ m_n(A_n)=m_{n-1}(A_{n-1})\times m_1(A_1) \] とせずに、 \[ m'(A|_n)=m'(A|_{n-1})\times m'(A|_1) \] という無限の記号を使用しない同値な条件に書き換えることができる。ここで、$m_1$は$R^1$、$m_{n-1}$は$R^{n-1}$、 $m_n$は$R^n$における測度である。

これを確率測度の両立条件あるいは整合条件という。とんでもない引き合いかもしれないが、読者は数列の収束について、 極限の定義とコーシー列の定義があったことを思い出されるとよいかもしれない。

つまり、直積空間の測度が両立条件を満たすならば、直積の数を無限に拡張したときに完全加法性を満たして、 測度はそのまま使用できることになる。こちらの条件を利用したものをコルモゴロフの拡張定理という。さらに言い直しておこう。

実数の直積となる無限確率空間$(\mathbb{R}^N,\mathcal{C}(R^N))\quad (N=1,2,・・・ )$において、 ある確率測度$m$が両立条件を満たしているとき、 つまり、どんな有限な$n$について$A_n\in \mathbb{R}^n$として、 \[ m_{n+1}(A_{n+1})=m_n(A_n)\times m_1(A_1) \] であるならば、 \[ m'(A|_n)=m_n(A_n) \] となる確率測度$m'$が一意に存在する。

ここで、$A_n=(w_1,w_2,\cdots ,w_n)$であって、 \[ A|_n=\left\{(x_1,x_2,\cdots ,x_n,\cdots )\in\mathbb{R}^N : x_1=w_1,x_2=w_2,\cdots ,x_n=w_n \right\} \] である。

$A|_n\in\mathbb{R}^N$なので、$1,\cdots ,n$までは要素がダブっているわけではない。記号の使い方があまりよろしくないので注意されたい。

したがって、測度$m$を一意な$m'$に置き換えて、無限確率空間$(\mathbb{R}^N,\mathcal{C}(R^N),m')$が確実に構成できる。 これで二つに分けた定理の紹介が終わった。

面倒な話を積み上げたのは簡単に言えば、この結果によって、無限回の試行であっても、1回目のコイン投げで表(H)が出る確率は、 いつも0.5とすることができるということである。 \[ 0.5=0.5\times 1\times 1\times \cdots \]

 






























































































































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