有限加法的確率空間

前項までで確率空間と確率変数を導入した。確率空間は次の三つ組みをさす。 \[ (\Omega,\mathscr{F},P) \] 標本空間と標本空間のすべての部分集合を要素とする集合と確率測度である。

この三つ組みの関係を数学のテーブルにのせていけるように、議論を繰り返しながらもう少し細かく調べておこう。というのは、 それぞれが満たすべき条件が当然あって、それらが互いに密接に絡まっているからである。

まず標本空間はいわゆる議論の全体集合となるからあまり悩むことはないが、 たとえば、次のような基本的な関係がないと困ることは明らかだろう。 \[ a_1,a_2\in\mathscr{F},a_1\cap a_2=\phi\] であるとき、 \[ (a_1\cup a_2)\in\mathscr{F}\] でかつ、 \[ P(a_1)+P(a_2)=P(a_1\cup a_2) \] つまり、互いに交わりのない標本空間の二つの部分集合の確率測度の和は、部分集合の和の確率測度に等しい。 重複のない確率事象の確率値の和は、二つの事象を一つと考えたときの確率値に等しいことはよく使っている事柄だろう。

ここでまったく一般的に考えて、全体集合$A$があって、$A$からその要素を適当に取り出して部分集合を作る。 この部分集合は要素の取り出し方によっていろいろとなる。 作られるいろんな部分集合を改めて要素と見ると新たな集合を考えることができる。

部分集合を要素とする大きな集合を集合族という。集合族の中で一番小さなもののひとつは、$\left\{A,\phi\right\}$であろう。 ここで$\phi$は空集合である。

一方でありとあらゆる部分集合を要素として含む集合族を考えることができるから、これをべき集合(power set)といい、 $\mathscr{P}(A)$と表記することにする。一番大きな集合族となる。

当たり前だが大事なことは、ひとつの集合を与えると集合族という新たな集合を生み出すことができるということである。 例えば集合$A=\left\{1,2,3,4\right\}$のべき集合を考えることは容易い。ただこの例は容易すぎて本質を見誤るかもしれない。

標本空間の要素がたかだか有限で$n$個であれば、べき集合の要素の数は、$2^n$個になるから、 べき集合もたかだか有限になることは思い出して置かれたい。

われわれが主に考えようとするいっそう適切な例としては、集合として$A=[0,1]$という実数の区間を与えてみよう。 このべき集合は列挙するすることはもはやできないし、気の遠くなるような量の要素としての集合を含んでいるが確かに存在するだろう。

さらにはべき集合のべき集合$\mathscr{P}(\mathscr{P}(A))$や$\mathscr{P}(\mathscr{P}([0,1]))$を考えてみたらどうだろうか。 イメージを膨らませてほしい。

実はこれからの議論はほとんどが、べき集合やべき集合ほど大きくないが、要素としての部分集合を限定したやはり無限の集合を含んだ集合族の上で 行われることになると思われたほうがよい。

しかし、そういった話にいきなり進む前に、まずは全体集合の要素の数が有限である場合についてみておこう。

全体集合から作り出した任意の集合族の中で話しておきたいものは、代数と呼ばれる集合族である。

ある有限集合$A$が与えられたとき、この$A$の部分集合から作られたある集合族を$\mathscr{F}(A)$とすると、 集合族$\mathscr{F}(A)$が次の3つの条件を満足するとき有限加法族、集合体あるいは代数という。

\begin{eqnarray*} && A,\phi \in \mathscr{F}(A) \\ && a_1,a_2\in \mathscr{F}(A)\rightarrow (a_1\cup a_2)\in \mathscr{F}(A) \\ && a\in \mathscr{F}(A)\rightarrow a^c\in \mathscr{F}(A) \end{eqnarray*}

有限な集合のべき集合が代数の性質を持つことは明らかだろうし、代数の性質をもつように要素を限定した小さい集合族を考えることもあろう。 3つの条件のひとつひとつはまったく簡明なものなので言葉書きすることはやめておこう。 $a^c$は$a$の補集合であって、$a$は$A$の部分集合であるから、集合$A$から$a$にある要素をすべて取り除いた集合をさす。$A^c=\phi$とする。

この3つの条件を併せることは、かんたんに云えば、$\mathscr{F}(A)$の要素に$\cap,\cup,/,{}^c$などの集合操作を 何回重ねてもその結果となる集合がやはり$\mathscr{F}(A)$に含まれていることを保証している条件なのである。 このことを集合$\mathscr{F}(A)$はある演算について閉じているという。

たとえば、自然数を全体集合とすると、自然数では減算は閉じていない。なぜなら、$1-3=-2$は当たり前だが、$-2$という値は自然数に含まれていない。 自然数で確率測度考えているとき、減算を導入すると、自然数からはみ出した結果が生じてしまう。これでは確率値を求めることはできない。

代数の条件とは、いろいろ試行を重ねた結果で$\mathscr{F}$から飛び出した要素が出現すると、$P$という関数は身動きできなくなり、 行き詰まることとなることを避けたいからである。

集合が「代数」であるなら、どのような操作が繰り返されても、その結果がもとの集合に含まれるので、確率値を求めにいけることになる。 そして、確率値を求める関数$P$にひつような三つの条件は、発端の式に全体集合と空集合を加えたものであるから、まったくふつうだろう。

上でやったように、$\mathscr{F}$が代数であるなら、$a_1,a_2\in\mathscr{F}$であるとき、$(a_1\cup a_2)\in\mathscr{F}$は自然と満たされるので、 わざわざ仮定する必要はない。

とはいえ「代数」という言葉には違和感があるかもしれない。もしブール代数を知っていれば、 ブール代数に似たような加法と乗法がこの集合族には定義できるからであるが、そのことはこれ以上は触れない。 とりあえず定義名として受け入れていただくこととする。

この代数$\mathscr{F}(A)$の上の関数$P$が、次の条件を満たすとき、有限加法的測度という。 \begin{eqnarray*} && a \in \mathscr{F}(A)\rightarrow P(a)\geq 0 \\ && P(\phi)=0 \\ && a_1、a_2 \in \mathscr{F}(A),\quad a_1\cap a_2=\phi\rightarrow P(a_1)+P(a_2)=P(a_1\cup a_2)\qquad (有限加法性) \end{eqnarray*}

ここで大事なことは上の代数の説明と符牒するのだが、$P(a_1)$と$P(a_2)$が求められるとき、$P(a_1\cup a_2)$が求められて、 交わる部分がなければその和に一致することである。

この有限加法的測度について有限という言葉が重複して紛らわしいが、もし、$P(A)\lt\infty$ ならば有限測度という。そして関数$P$が、 上の条件に加えて、 \[ a \in \mathscr{F}(A)\rightarrow 0\leq P(a)\leq 1,\quad でかつ、P(A)=1 \] が成り立てば関数$P$は有限加法的確率測度という。いわゆる有限標本空間の確率である。

冒頭に戻って有限標本空間を基にした$(A,\mathscr{F}(A),P)$という三つ組みを有限加法的確率空間という。

 






































































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