可測集合

前項は選択公理に触れた。そして選択公理を認めるという立場で議論を進めることにした。 この話題のきっかけはさらに前の項に遡って、実数$\mathbb{R}$のべき集合の上にいつも完全加法性を満たす測度を構成できるかどうか、 という疑問から出発している。

そしてこの疑問に対する解答は、選択公理を認めるか否かにかかっていて、もし選択公理を認めるなら、 実数$\mathbb{R}$のべき集合$\mathscr{P}(R)$の上には、どのようにがんばって測度を構成しても、 完全加法性を満たす測度で取り扱えない集合が存在してしまうということである。

残念ながらべき集合における完全加法性を満たす測度で取り扱えない集合という反例をここで簡単に挙げることはできない。 結構な労力のいるわりにあまり甲斐のない作業となるから、もし関心があれば中級以上のルベーグ積分のテキストを参照されたい。

ただ選択公理の主張する選出関数を認めるならば、それは途方もない集合の存在を認めることになっていて、 それでもありとあらゆる部分集合を含む$\mathscr{P}(R)$にその集合は間違いなく在るのだから、 $\mathscr{P}(R)$にいつも完全加法性を満たす関数の存在を要求するのが無理だ、という指摘もあながち共感できなくもない。

ただ真に厳密に、難しく考えなければ$\mathscr{P}(R)$になんらかの測度を使っても余程の事情でなければうまくいくような気もするだろう。 ということは、途方もなく難しい部分集合を探さないなら、 べき集合$\mathscr{P}(R)$に完全加法な測度が構成できると見なしても日々利用する関数での計算はなんとなかなると思われよう。

つまり、実数の空間で測度の乗らない途方も無い部分集合というのは、 よほど厳密な議論を展開しない限りあまり注意を払わなくても、 われわれが取り扱う実務やグラフが描けるような関数では出現しないと思ってよいのである。 定義域が異常であるから関数となる測度も変わったものとなるので「病的な関数」という表現を使った確率論のテキストもある。

だから完全加法性のあるσ代数というものにあまり神経質にならなくてもいいというのがとりあえずの個人的な所感なのだが、 それはおおよその理解の結果としての感想であって、本章草稿の狙いではない。 いろんなテキストを読む上での最初のハードルは言葉使いに慎重であることだと思うのでさらに続けよう。

われわれは選択公理を認める立場をとるので、実数のべき集合$\mathscr{P}(R)$に完全加法性を満たす測度は構成できない。 $\mathscr{P}(R)$に測度が構成できないのだから、$\mathscr{P}(R)$に制限を加え、完全加法性を満たす測度が構成できる集合族を考えることにする。 その作業が次のステップとなる。

繰り返すと、$\mathscr{P}(R)$はσ代数であるから、全体集合$\Omega=\mathbb{R}$としたとき、 集合族$\mathcal{F}=\mathscr{P}(R)$と置いてしまうと、$\mathcal{F}$はσ代数の条件を満たすが、 このとき$(\mathbb{R},\mathscr{P}(R))$には完全加法性を持つ測度$m$は存在しない。つまり測度空間となりえない。

そこで完全加法性を持つ測度$m$が存在するσ代数で、$\mathscr{P}(R)$になるべく近いもの$\mathcal{L}(R)$を探して用意し、 $(\mathbb{R},\mathcal{L}(R),m)$とすれば完全加法性をもつ実数の測度空間が構成できることになる。 一般的に考えるなら$(\Omega,\mathcal{L}(\Omega),m)$とすればよい。

求めるものをいきなり定義して進めることが抽象的な集合論のメリットである。 $\mathcal{F}=\mathcal{L}(R)$上の完全加法性を持つ関数=測度$m$の定義をもう一度挙げておこう。

(1)$a\in\mathcal{F}$について、常に $m(a)\ge 0$
(2)$m(\phi)=0$
(3)$a_1,a_2,\cdots \in \mathcal{F}$ かつ$a_i\cap a_j= \phi(i\ne j)$ ならば、$m(\cup_{i=1}^{\infty} a_i)=\sum_{i=1}^{\infty} m(a_i)$ (完全加法性)

この完全加法性を持つ測度の定義を先んじて使うことで集合族$\mathcal{L}(R)$を測度が扱える$\mathbb{R}$の部分集合の族を定義する。すなわち、

$\mathcal{L}(R)=\left\{\right.$ 完全加法性を持つ測度$m$ が存在する$\mathbb{R}$ のσ代数 $\left. \right\}$

と定義することとする。なんだか騙されているような感じがするかもしれない。全くそのとおりだと思う。

ルベーグ積分や実解析のテキストでは循環的な論法の面倒と混乱を避けるために、 これまでの解説を一切省略し、完全加法性を持つ測度の定義をいきなり冒頭に上げてスタートし、後から解きほぐすという進め方を多く見かける。

くどいだろうけれど混乱しないようにもう一度説明の流れを述べておこう。有限加法性の議論をしていたときは、 部分集合族としての代数を定義して、次に代数の上に有限加法的測度を考えた。

有限な空間では、代数にべき集合をとっておけば十分であった。

定義域となる代数はどれだけ多くても所詮要素の数が限定されているのだから、そこにある関数が測度になりうるかどうかは、 ことごとく計算すればよいのであって、条件を満たせば測度となりうるから、悩みは少ない。

次に有限な集合から実数$\mathbb{R}$のような無限の定義域に考えを拡張すると、 ふつうの数学者が認める不思議な公理があって、この公理を認めたとたんに実数のもっとも大きいσ代数、 すなわちべき集合$\mathscr{P}(R)$には測度の条件を満たす関数が作れないことが証明されるのであった。

仕方がないので、べき集合$\mathscr{P}(R)$を制限して、測度の条件を満たす関数が存在できるようなσ代数をさがすことになるが、 そのやり方は、先に測度を定義したうえでσ代数を定義するという順番に逆転する。これが可測集合になっていくのである。

 






































































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