ブラック・ショールズの偏微分方程式

裁定定理の応用としてリスク中立確率や複製ポートフォリオ、そしてリスクの市場価格についての話が進んだので、 これらの重要な例として最終目標となるオプションのブラック・ショールズ式の出発点となる偏微分方程式を求めておこう。

裁定定理は市場でそれが成立するなら、複製ポートフォリオが存在することを主張する。

ところで最初から話が戻るが、あらためてこの定理の文を見ると、何らかの資産の複製など、 ちょっと気が利けばいくらでも作れるわけだから、わざわざ定理とする必要があるのだろうかと思われるだろう。 特段の知識があれば言わんとすることは理解できるだろうが、ちょっと不親切すぎるきがしてきた。

なるべく意味の通りやすいきちんとした文とすると、裁定定理が成立するなら、なんらかの資産を複製したポートフォリオは、 同一の価値を持つということである。逆に複製ポートフォリオがいつも同一の価値を持ち、同一の価格となるなら、 裁定定理が成立して、正の状態価格が存在するのである。

 

複製ポートフォリオによるBS偏微分方程式

独立変数に確率項を含む関数$C(t,S_t)$の微小変化は、伊藤の補題を利用すると、一般的に次のような表現となる。 \[ dC(t,S_t)=\left(\frac{\partial C}{\partial t}+\frac{1}{2}\sigma^2S_t^2\frac{\partial^2 C}{\partial S_t^2} \right)dt+\frac{\partial C}{\partial S_t}dS_t \] ここで、$t$は時間を表す確定変数、$S_t$は資産の価格の変動を表す確率変数で \[ dS_t=\mu S_tdt+\sigma S_tdW_t \] であって、確率変数の本体は対数正規分布、さらにはウィーナ過程$W_t$に従うものとする。

ここでお読みになられる方は、突然面倒な話題になって、困ってしまうかもしれないが、伊藤の補題は別の項で解説するので、 この導入については、確率項を含む一般の関数の微小変化は、上のような形式となることだけを受け入れていただきたい。

つまり初等でならった関数の微小変化は導関数を使って、$dC(t)=C'(t)dt$と書けるが、これを2変数関数とすると、 \[ dC(t,S_t)=\frac{\partial C}{\partial t}dt+\frac{\partial C}{\partial S_t}dS_t \] となり、さらに変数の一つ$S_t$を確率変数とすると、上のようになるということだけである。 そこにはファイナンスの知識は関係せず、純粋に数学の結論として得られるのである。

さてこの$C$は数学的には一般的な関数だが、組成は任意の資産$S_t$からなるのだから、 デリバティブな資産と見ることもできる。それで、原資産$S_t$とデリバティブ資産$C_t=C(t,S_t)$によって、 新たなポートフォリオを生成する。

配分比率を$w_1,w_2$とすれば、新たなポートフォリオ$F_t$は、 \[ F_t=w_1C_t+w_2S_t \] とできる。このポートフォリオの微小変化は、 \[ dF_t=w_1dC_t+w_2dS_t \] である。

ここで、上の$dC_t$を代入する。 \[ dF_t=w_1\left\{\left(\frac{\partial C_t}{\partial t}+\frac{1}{2}\sigma^2S_t^2\frac{\partial^2 C_t}{\partial S_t^2} \right)dt+\frac{\partial C_t}{\partial S_t}dS_t \right\} +w_2dS_t \] となる。

ここで前項でやったように、かってな配分比率を、 \[ w_1=1,\qquad w_2=-\frac{\partial C_t}{\partial S_t} \] と定める。

第二項のこの$w_2$は後にデルタ・ヘッジと呼ばれ、株価の変化に対するデリバティブ資産の変化の割合いを示す。 原資産価値が上昇すればデリバティブ資産の価値も上昇し、ポートフォリオ全体の価値が上昇する。

そこで配分比率は、原資産上昇に伴うデリバティブ価値上昇分に見合う分だけ原資産を減らすことを連続的に実行することを意味する。 連続的にということは、いかなる微小時間の変化に対しても同時間で配分比率として調整ができる前提を考えている。 当然その調整の取引費用はかからない。

すると、 \[ dF_t=\left(\frac{\partial C_t}{\partial t}+\frac{1}{2}\sigma^2S_t^2\frac{\partial^2 C_t}{\partial S_t^2}\right)dt \] が残る。

この式には確率項$dS_t$が含まれていない。したがって無リスク資産の微小変化となっているはずである。 すなわち連続的なデルタヘッジは無リスク資産のポートフォリオ(の微小変化)を複製したことになる。

ところが無リスク資産=安全資産の微小変化は、安全資産利子率$r$でつぎのようにも表されることは前項でもやった。 \[ dF_t=F_trdt \]

$F_t$に定めた$w_1,w_2$を入れて代入したものと、デルタ・ヘッジしたものを等しいと置くと、 \[ \left(\frac{\partial C_t}{\partial t}+\frac{1}{2}\sigma^2S_t^2\frac{\partial^2 C_t}{\partial S_t^2}\right)dt=\left( C_t-\frac{\partial C_t}{\partial S_t}S_t \right)rdt \] なので、$dt$を払ってしまえば、 \[ \frac{\partial C_t}{\partial t}+rS_t\frac{\partial C_t}{\partial S_t}+\frac{1}{2}\sigma^2S_t^2\frac{\partial^2 C_t}{\partial S_t^2}-rC_t=0 \] となり、これをブラック・ショールズの偏微分方程式という。

デリバティブ資産$C_t$は常にこの方程式を満たさねばならないことになる。

 

リスクの市場価格によるBS偏微分方程式

複製ポートフォリオによって導出されたブラック・ショールズの偏微分方程式は、無裁定条件だけを前提としていた。 ならば自然とリスクの市場価格によっても導出できるだろう。簡単にやってみよう。

前項のとおり無裁定な市場では、任意のリスク資産でリスクの市場価格は一定の値となり、 原資産とデリバティブのリスクの市場価格でも$M(S)=M(C)$となっている。すなわち、 \[ \frac{\mu_s-r}{\sigma_s}=\frac{\mu_c-r}{\sigma_c} \] が常に成り立つ。

つぎに問題は$\mu_c,\sigma_c$である。伊藤の補題を利用して期待値をとることでこれらの値を求めることができるのだが、 その計算は後にやることとして、ここではつぎのような値になることを認めておこう。(期間は1として$dt$を省略する。) \begin{eqnarray*} \mu_c&= & \frac{1}{C_t}\left(\frac{\partial C_t}{\partial t}+\mu_sS_t\frac{\partial C_t}{\partial S_t}+\frac{1}{2}\sigma_s^2S_t^2\frac{\partial^2 C_t}{\partial S_t^2} \right) \\ \sigma_c &= &\sigma_s\frac{S_t}{C_t}\frac{\partial C_t}{\partial S_t} \end{eqnarray*}

これをリスクの市場価格の式の分母を払うと、 \[ (\mu_s-r)\sigma_c=(\mu_c-r)\sigma_s \] となり、この両辺に$C_t$の期待収益率とリスクを代入する。 \[ (\mu_s-r)S_t\frac{\partial C_t}{\partial S_t}=\frac{\partial C_t}{\partial t}+\mu_sS_t\frac{\partial C_t}{\partial S_t}+\frac{1}{2}\sigma_s^2S_t^2\frac{\partial^2 C_t}{\partial S_t^2}-rC_t \]

となるので、見た目から分かるかもしれないが、これを整理すると、ブラック・ショールズの偏微分方程式が得られる。 つまりリスクの市場価格を使うことでも方程式は求められるのである。

繰り返しとなるが、$C_t$には、$C(t,S_t)$ということだけで、特別な条件は付与されていない。 必要なことは無裁定条件である。すなわち、オプションというだけでなく、 $S_t$を原資産としてペイオフの決定されるデリバティブ(派生商品)は、 すべてこの偏微分方程式を満足することとなる。

もちろん確かめるほどでもないが、原資産$S$は自分自身の派生ともみることができるから、当然この式を満足する。

ブラックとショールズは上記の偏微分方程式をコールオプションの前提を使って、熱伝導方程式に変換することで解き、 ブラックショールズのオプション価格公式を導出したのであるが、それもまた後の項としよう。

ブラック・ショールズのオプション公式も、導出の原点にもどれば、 無裁定の条件が仮定されているということを知っておかれたい。

 





































































































































$dC_t/C_t$の期待値と分散を求めることで得る。








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