企業倒産リスク(Risks of Bankruptcy)

二つ目の事例は企業倒産リスクである。

企業倒産はまったく不幸な事象である。この不幸な事象のリスクを推定しよう。 しかし、現実の企業倒産はいろんな現象の形式で発生しうる。

累積赤字が自己資本を食いつぶしてしまうこともあれば、単なる与信不足によって瞬間的な運転資金不足となる黒字倒産もある。

このため企業倒産を定義しなければならない。ここでは、なるべく簡単に、 \[ 自己資本E<0 \] と倒産を定義しよう。

これはまた、 \[ 総資産A=負債D+自己資本E \] とすれば、両辺からDを引いて、 \[ 総資産A<負債D \] としてもよい。

すなわち債務超過による破産という状態である。ここで我々は、この状態の確率 \[ Prob(A<D) \] を求めようとするのである。

確率推定のためには総資産が従う確率分布が必要となる。 そこで総資産がブラック・ショールズの株価過程に従っているとする。

もってまわった言い方をすると、もともとブラック・ショールズの前提は株価の対数収益率が正規分布に従うというものであった。 しかし株価が従う分布とは、企業価値が従う分布と見てもよいだろう。

なぜなら企業価値=総資産は上の通り「負債+自己資本」であって、負債は固定的な借入れであるから確定しているものと考えれば、 変動するのは自己資本=株価となって、総資産は株価と完全相関するとみてもあながちおかしくない。 どちらがニワトリでどちらが卵であるかということであろう。

故に、 \[ dA=\mu Adt+\sigma AdW_t \] である。この$W$はウィーナー過程であるから正規分布$N(0,dt)$に従う。

正規分布を標準正規分布$Z=N(0,1)$に変数変換すると、 \[dA=\mu Adt+\sigma A\sqrt{dt}Z \] となる。

この確率微分方程式を解けば、初期値$A_0$とすると、期間$0\sim t$として、 \begin{eqnarray*} \log (A/A_0) &= &\left(\mu -\frac{1}{2}\sigma^2\right)t+\sigma\sqrt{t}Z \\ \log A &= &\log A_0+\left(\mu -\frac{1}{2}\sigma^2\right)t+\sigma\sqrt{t}Z \end{eqnarray*} となる。

続けて企業倒産の定義に代入する。 \begin{eqnarray*} & & Prob(A\lt D) = Prob(\log A\lt \log D)\\ &=& Prob\left(\log A_0+\left(\mu-\frac{1}{2}\sigma^2\right)t+\sigma\sqrt tZ\lt\log D\right)\\ &=& Prob\left(Z\lt\frac{-\log \frac{A_0}{D} -\left(\mu-\frac{1}{2}\sigma^2\right)t}{\sigma\sqrt t}\right)\\ &=& Prob\left(Z\lt-(d_1-\sigma\sqrt t)\right)\\ &=& \Phi(-d_1+\sigma\sqrt t)\\ & &ここで、\Phi\sim N(0,1),\quad d_1=\frac{\log \frac{A_0}{D}+\left(\mu+\frac{1}{2}\sigma^2\right)t}{\sigma\sqrt t} \end{eqnarray*} となって、正規分布の引数はすべて既知の値なので、この企業の倒産確率が推定できることになる。

負債は確定しているので権利行使価格とみなし、総資産を原資産の初期価格とする扱いは後に企業価値向上の株価評価モデルにおいても利用する。

 

二つのリスクコントロールの事例を紹介してきた。非常に簡単なものであるから、複雑な現実の適応としてはとてもとてもという感じだろうが、 ブラック・ショールズ式やその基礎となる考え方のいろいろな広がりを感じていただければと思う。




















































































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