割引債コールオプション

不確実な金利を反映する代表的な資産として割引債の挙動を捕えることができるようになったので、 より複雑な割引債に関するデリバティブの議論に進もう。

時点$t$において満期$T$で額面1で償還される割引債$B_t=B(t,T,r(t))$について、定められた決済時点$u$で、 定められた価格$K$で購入できる権利$C_u$を持つとしよう($0\lt t\lt u\lt T$)。この権利は割引債(債券)ヨーロピアン・コールオプションとなる。

割引債の価格の導出に当たっては、ブラック・ショールズ公式で利用された様々な概念が活用された。 ここで取り上げる割引債コールオプションの価格の導出に当たっては、ブラック・ショールズ式そのものを活用する。 このようなやり方も参考にいただければいいと思う。

時点$t$は上の範囲で自由に動けるようにして、$u$と$T$は決まっているとする。 求めたいものはこの債券コールオプションの現在価格$C_0$である。これまでで説明した派生証券の枠組みに当てはめて調べていこう。

(1)将来のペイオフの条件を定式化する。$C_u=\max(B_u-K,0)$
(2)将来の予測のために原資産変動のモデルを設定する。
$\qquad$ ハシェックによる金利変動:$dr(t)=a(b-r(t))dt+sdX_t$(リスク中立確率)
(3)ペイオフ条件と原資産変動のモデルから派生資産価格式を得て、現時点の価格を求める。
$\qquad$ 派生資産価格式(リスク中立確率の期待値): \[ C_t=E_q\left(\exp\left(-\int_t^ur(v)dv \right)\max(B_u-K,0) \right)\]

すでに(ハシェックモデルの)割引債の価格式を得ているので、このオプション式をそのまま解きにいくことも可能かもしれない。 しかし、デリバティブ一般の資産を考えると、この式を解くためには、$r$と$B$の相関を考慮しなければならないため、 同時分布が必要となる。

ふつうそのような同時分布を得ることはなかなかできない。 ここはブラック・ショールズ式と決定的に異なる点で、割引に利用する金利は不確実性を持った途端に、 期待値の外に出すことはできないという問題に突き当たる。

こういった問題を乗り越え債券コールオプションの価格を求めるために、これまでの知識を応用するためのいくつかの準備をしていこう。

まずブラック・ショールズ式の変形と拡張を行う。ブラック・ショールズ式は細かなことは以前の項を参照いただくことにして、 確率変数(株価)$S_t$の微小変化が、$W_t$をウィーナ過程(標準ブラウン運動$N(0,t)$)として、 \[ dS_t=\mu S_tdt+\sigma S_tdW_t \] であるとき、次の二式、 \[ S_t=S_0\exp\left(\left(\mu-\frac{\sigma^2}{2} \right)t+\sigma W_t \right), \] \[ E_q(\max(S_t-K,0))=e^{rt}S_0\Phi(\psi)-K\Phi(\psi-\sigma \sqrt{t}), \] \[ \psi=\frac{ \log\frac{S_0}{K}+rt+\frac{1}{2}\sigma^2 t}{\sigma \sqrt{t}} \] が成り立つのであった。$\Phi$は正規分布累積密度関数である。これらを変形、拡張したものを示しておこう。

確率変数$S_t$が確率微分方程式、 \[ dS_t=\sigma(t) S_tdW_t \] にしたがっているならば、 \[ S_t=S_0\exp\left(-\frac{\phi^2}{2} +\int_0^t\sigma(t) dW_t \right), \] \[ E(\max (S_t-K,0))=S_0\Phi(\psi)-K\Phi(\psi-\phi), \] \[ \psi=\frac{\log \frac{S_0}{K}+\frac{1}{2}\phi^2}{\phi},\quad \phi^2=\int_0^t\sigma^2(s)ds \] が成り立つ。やはり$\Phi$は同上である。

見てのとおり、ドリフトを削除して、拡散項(リスク)を時間の関数とした修正である。 上の式で$\mu=0$とし、下で$\sigma$を定数とすれば、同一の式となって整合している。(そして大事なことはこれがマルチンゲールの式になることである。)

ふたつめの準備として、マルチンゲール性を導入する。

もし確率変数$S$が確率微分方程式、 \[ dS_t=\mu dt+\sigma dW_t \] の解で、かつ2乗可積分などのいくつかの技術的な条件を満たして、マルチンゲールであるならば、$\mu=0$である。また逆も成り立つ。

すなわち確率変数$S$が、 \[ dS_t=\sigma dW_t \] の解であるならば、$S$はマルチンゲールである。さらに少し拡張して、確率変数$S$が次の確率微分方程式、 \[ dS_t=\sigma S_tdW_t \] の解であり、いくつかの技術的な条件を満たすならば、$S$はマルチンゲールである。

ここでは乱暴な説明しかできないのだが、時点$t$で$S_t$の将来$u(\gt t)$の$E(S_u)$を考えたとき$S_t$がマルチンゲールならば、 ウィーナ過程が平均ゼロ、そのドリフトもゼロとなることで変化分の期待値がゼロとなり、$S_t=E(S_u)$となるということである。

つまり、マルチンゲール性とは、現在から将来への変化がゼロと期待される。 言い換えれば、将来の不確実な変数の期待値を取った時に、それが現在の変数になるという性質となる。

すなわち、 \[ S_0=E(S_t) \] とできることを意味する。

マルチンゲール性を始めて聞かれたと思われる方もおられるかもしれないが、 実はマルチンゲールはすでにブラック・ショールズ式を求める際にも利用されている。

ブラック・ショールズの株価の変化は、リスク中立確率の元ではドリフト$\mu$が$r(t)$に代わって、 \[ S_t=S_0\exp\left(\left(r-\frac{\sigma^2}{2} \right)t+\sigma X_t \right) \] となる。この段階ではマルチンゲールにはならない。

しかし、コールオプションの現在価格を求める式、 \[ C_0=e^{-rt}E_q(\max(S_t-K,0)) \] の右辺の頭にある$e^{-rt}$を括弧の中に入れて、$V_t=e^{-rt}S_t$とおけば$V_0=S_0$となって、 \begin{eqnarray*} V_t &= &V_0\exp\left(-\frac{\sigma^2}{2}t+\sigma X_t \right)\\ C_0 &= &E_q(\max(V_t-e^{-rt}K,0)) \end{eqnarray*} である。

この一つ目の式は、先ほど認めた修正したブラック・ショールズ式の解になっていて、 $V_t$はマルチンゲールである。

そのまま代入すればふつうのブラック・ショールズ式を得ることができる。さらに、 \[ M_t=e^{-rt}C_t=e^{-rt}\max(V_t-K,0) \] と置きなおせば、$M_0=C_0$であるが、 \[ M_0=E_q(M_t) \] となっている。

ブラック・ショールズ式を求めるにあたって自然な確率からリスク中立確率に期待値を切り替えた操作は、 割引いたオプションの挙動をマルチンゲールとなるように切り替えたことに他ならない。

そしてその意味は原資産にあるリスク(ドリフト)を消し去ることを狙っていたのであった。

三つ目の準備として、フォワード(先渡)中立確率を導入する。

いきなり言葉の定義に入る前に、現物に代えてかつて議論した先渡取引で契約する資産をオプションのペイオフ$C_u$に適応することを考える。まず、 \[ C_t=\max(B_t-K,0) \] とすれば、$t=u$とおくことでオプションのペイオフ$C_u=\max(B_u-K,0)$そのものとなる。

このペイオフ$C_t$の先渡価格を、 \[ C^u_t=\frac{C_t}{d(t,u)} \] と定義する。$C^u_t$は時点$t$で定まるペイオフの時点$u$の先渡価格となる。$C^u_t$は時点$t$で明らかな値となっている。

ところで$t=u$とおけば、時点$u$では$d(u,u)=1$となるから、 $C^u_u=C_u$となって$C^u_u$もやはりオプションのペイオフそのものになっている。故に期待値をとっても同じだから、 \[ E(C_u)=E(C^u_u) \] であって、左辺のオプションのペイオフそのものの代わりに右辺の先渡価格を操作しても同じになる。

次に$C^u_0$と$C^u_t$の関係を考えよう。この二つは時点$u$で取引されるオプションペイオフの時点$0$と$t$での先渡価格となっている。 $0\lt t$だから、いま時点$0$に立っているとすると、将来$t$にある$C^u_t$はリスクを含んでいるので、 \[ C^u_0\neq E(C^u_t) \] であるが、もしブラック・ショールズ式におけるリスク中立確率のような適当な確率$f$による期待値の操作$E_f$があって、 オプションのペイオフの先渡価格$C^u_t$のリスク(ドリフト)を消すことができれば、 \[ C^u_0= E_f(C^u_t) \] と一致させることができよう。先渡価格はキャッシュのデリバリーはすべてさらに将来の時点$u$にあるので金利による割引は不要となる。

時点$t$を$u$としてしまえば$C^u_t$でなく$C^u_u$を考えることとなるが、$C^u_u=\max(B^u_u-K,0)$となるので、 このペイオフのリスクの源泉は見てのとおり$B^u_u$だけにある。$B^u_u$のリスクを消すことは$B^u_u$をマルチンゲールにすればよいから、 $B^u_u$をマルチンゲールにできるなら、$C^u_0= E_f(C^u_u)$を実現できる。

つまり$B^u_t$をマルチンゲールとして、時点を$u$とすればよい。

さらにこの左辺は定義どおり書けば、$C^u_0=C_0/d(0,u)$であるから、先渡価格の分母を払って、上の関係を使えば、 \[ C_0=d(0,u)E_f(C_u) \] を得る。つまり金利の割引操作を期待値の外に出すことができるのである。

$C_0$はわれわれが求めようとする不明な値であって、$C_0=\max(B_0-K,0)$になると誤解しないように注意しよう。

したがってまとめると次のようなことになる。

(1)原資産とオプションのペイオフそのものを操作するのではなく、それぞれの先渡価格を操作することを考える。
(2)決済時点$u$についてはリスクの源泉は原資産だけとなるので、原資産をマルチンゲールとすれば、 期待値の操作でオプションペイオフの引渡価格の現在価格が得られる。
(3)引渡価格の割引を払えば、オプションペイオフの現在価格をもとめることができる。 つまり計算が難しい価格の割引処理を外に出すことができ、しかも0時点で明らかな割引値となっている。

先渡価格をマルチンゲールとする確率$f$をフォワード中立確率とよぶ。

次なるまっとうな目標はオプションペイオフの先渡価格をマルチンゲールとするフォワード中立確率による期待値操作を探すことになるだろう。

しかし、直面する問題としてはきちんとした期待値操作よりも、 オプションのペイオフを先に述べたような所定のマルチンゲールの式に変換できれば、 修正したブラック・ショールズ式を使うところに持ち込むことができて、価格の式を得ることができる。

かつての議論を参考にして満期$T$、決済時$u$の割引債の時点$t$における先渡価格は、 \[ B^u_t=\frac{d(t,T)}{d(t,u)}=\frac{B_t}{d(t,u)} \] である。これをマルチンゲールとしたい。

従って$dB^u_t=\gamma B^u_tdt+\delta B^u_tdW_t$となっているならば、両辺を$B^u_t$で払ったうえで、 \[ \frac{dB^u_t}{B^u_t}=\delta dZ_t \] と変換することである。そのためハシェックモデルにおける$dB^u_t/B^u_t$の確率微分方程式$\gamma dt+\delta dW_t$を正確に求めよう。

それは面倒な計算を行うと、リスク中立確率のもとで、 \begin{eqnarray*} \frac{dB^u_t}{B^u_t} &=&\gamma(t)dt+\delta(t)dX_t, \\ &&\gamma(t)=\frac{s^2}{a^2}\left( e^{-a(T-t)}-e^{-a(u-t)} \right)\left(1-e^{-a(u-t)} \right), \\ &&\delta(t)=\frac{s}{a}\left( e^{-a(T-t)}-e^{-a(u-t)} \right) \end{eqnarray*} となる。この式が求まれば直ちに、マルチンゲールとするためにはリスクのある拡散項だけとすればよいので、フォワード中立確率への測度変換は、 \[ dZ_t=dX_t+ \frac{\gamma(t)}{\delta(t)}dt=dX_t+\frac{s}{a}\left(1-e^{-a(u-t)} \right) dt \] とすればよいことが分かる。厳密なことをいわなければ、もはや消えてしまうドリフトはあまり関係ないので、この先の計算は省略できる。すなわち、 \[ dB^u_t=\frac{s}{a}\left( e^{-a(T-t)}-e^{-a(u-t)}\right)B^u_tdZ_t \] というマルチンゲールの式が得られる。

ここからやらなければいけない計算は拡散項だけでよいので、 \[ \phi^2=\int_0^u\delta^2(t)dt=\frac{s^2}{2a}\left(1-e^{-2au} \right)\left(\frac{1-e^{-a(T-u)}}{a} \right)^2 \] となる。$B^u_0=d(0,T)/d(0,u)$とあわせて拡張したブラック・ショールズ式に代入すれば、 \[ E_f(\max (B_u^u-K,0))=\frac{d(0,T)}{d(0,u)}\Phi(\psi)-K\Phi(\psi-\phi), \] \[ \psi=\frac{\log \frac{d(0,T)}{d(0,u)K}+\frac{1}{2}\phi^2}{\phi} \] となる。したがって、金利がハシェックモデルの不確実性に従う債券コールオプションの価格は、 \[ C_0=d(0,u)E_f(C^u_u)=d(0,u)E_f(\max (B_u^u-K,0)) \] なので、 \[ C_0=d(0,T)\Phi(\psi)-Kd(0,u)\Phi(\psi-\phi) \] と求めることができた。ここで$\Phi$は正規分布関数、$\phi,\psi$はすでに計算したものである。

 

 



割引債そのものも金利の派生証券であるが、ここではその割引債のコールオプション(割引債を所定の期日で買取る権利)(つまり派生の派生)を考えよう。


金利そのものはハシェックモデルを想定する。











































































































マルチンゲールの強力な応用力を感じていただければよい。


















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