効率的フロンティア

ファイナンスではリスクを意味するものとして分散だけでなく共分散も用いられる。 それはポートフォリオのリスクには個別資産の分散(個別リスク)だけではなく、資産間の共分散が含まれてくるからである。 このことはずっと触れてきた事柄で、すでにわれわれはポートフォリオのリスクを求める式として、 \[ \sigma_p^2(w)=w^t\Sigma w \] をつかいつづけているのであって、 個別資産の分散共分散行列となる$\Sigma$の要素にはその名のとおり分散だけでなく共分散が含めてある。 そして、資産の数が多くなれば、比率的には分散よりも共分散がリスク全体を支配することになっていくことを、 「リスク分散」として述べた。

定義上で考えると、ポートフォリオのリスクをコントロールしようとすると、 そこに含める個別資産の共分散は全体のリスクを増幅させたり、縮小させたりする効果があるわけだから放置するわけにはいかない。

数量的な根拠のある話しではないが、現実の市場でも何らかの銘柄のまったく固有のニュースが流れたとき、 関係する別の銘柄が影響を受けて上げたり、下げたりすることはよくあるし、それが相関関係が影響していると見ることは頷けることだろう。 そのような点を説明しようとする研究もあるし、 資産と資産の関係が十分注目すべきものであることは否定しようがない。

ここではこれまでの節でほとんど説明を行わなかったいくつかの興味深い事柄を、行列を利用してn資産に拡大して説明する。 その内容の中心は、先の項で求めた最小分散(リスク)ポートフォリオを利用した、効率的フロンティア上のポートフォリオの特性の紹介である。

前項に続き、資産の数をnに拡大しながらも、ほとんどその面倒さを乗り越えてしまう行列計算の強力さが前項に続き実感できるのでないかと思う。 リターンとリスクの項、多数資産のリスク最小化の項は必要に応じて参照されたい。

 

効率的ポートフォリオの共分散

設定はこれまでと同じである。いま市場にはn個の個別資産があるとして、その収益率(列)ベクトルを$r$、 ポートフォリオの投資比率(列)ベクトルを$w$とする。われわれは収益率スカラー$r_p$を所与とするとき、 リスク最小となるポートフォリオはいかなる個別資産の配分比率$w$を選べばよいかを知っている。 \[ w=\Sigma^{-1}\frac{r(Cr_p-B)+\mathbf{1}(A-Br_p)}{AC-B^2} \] ここで、$\Sigma$は個別資産の分散共分散行列であって、$\Sigma^{-1}$はその逆行列となり、 \[ A=r^t\Sigma^{-1}r,\quad B=\mathbf{1}^t\Sigma^{-1}r,\quad C= \mathbf{1}^t\Sigma^{-1}\mathbf{1} \] である。収益率$r_p$をいろいろな値に変化させていけば、いろいろな比率$w$を得ることができる。

求められたwにしたがって最小として得られるリスクは、 \[ \sigma_p^2=\frac{Cr_p^2-2Br_p+A}{AC-B^2} \] である。

2変数で考えると、この収益率$r_p$をy軸、リスク$\sigma_p$をx軸にとって、 その関係をグラフに描けばグラフは双曲線となる。そしてその双曲線(の上側)を効率的フロンティアという。

では、二つの効率的フロンティア上のポートフォリオを選択して、その共分散を計算してみる。

収益率を$r_a$と$r_b$とすれば、その共分散は、$cov(r_a,r_b)$となる。行列で表現すれば、 \[ r_a=w_a^tr,\qquad r_b=w_b^tr \] であるから、 \begin{eqnarray*} cov(r_a,r_b)&= &E((r_a-E(r_a))(r_b-E(r_b))) \\ &=& E((w_a^tr-E(w_a^tr))(w_b^tr-E(w_b^tr))) \\ &= &w_a^tE((r-E(r))(r-E(r))^t)w_b \end{eqnarray*} となる。転置行列の性質を使うところがミソであるが、 中ほどの期待値の項はさらにつぎのように分散共分散行列となることは、ご理解いただけるであろう。 \[ E((r-E(r))(r-E(r))^t)=\Sigma \] したがって、 \[ cov(r_a,r_b)=w_a^t\Sigma w_b \] となる。この結論は$r_a=r_b$とすれば共分散は単一資産の分散となるので、 冒頭の資産のリスクと同一の結論となっていることからその妥当性を推察できる。

さてここで、もともと選んだ二つのポートフォリオは効率的フロンティア上にあると考えているので、 それぞれの投資配分比率では以下が成り立つ。 \begin{eqnarray*} w_a&=&\Sigma^{-1}\frac{r(Cr_a-B)+\mathbf{1}(A-Br_a)}{AC-B^2} \\ w_b&=&\Sigma^{-1}\frac{r(Cr_b-B)+\mathbf{1}(A-Br_b)}{AC-B^2} \end{eqnarray*} $w_a$は転置して、$w_b$はそのまま共分散の式に代入すると、煩雑な計算の後、 \[ cov(r_a,r_b)=\frac{r_ar_bC-(r_a+r_b)B+A}{AC-B^2} \] という簡明な式が得られる。面倒な計算は、途中で$r^t\Sigma^{-1}r$などが出てくるので、ふたたびそれを$A,B,C$で置き換えると楽になる。 やはり$r_a=r_b$を想定するとポートフォリオのリスクと同一の式となっていることがわかる。これで共分散の値が公式として求められた。

 

最小分散ポートフォリオとの共分散

もう少し進めてみよう。効率的フロンティア上のポートフォリオの共分散の式を使い、一方を最小リスクのポートフォリオとしてみる。 記号はどちらでもよいのだが、最小リスクポートフォリオの収益率を$r_b=r_p$とすると、前項で求めたように、 \[ r_p=\frac{B}{C} \] という条件が満足されているのであった。まずこのときの最小リスクはどういう値となっているかを求めよう。これは簡単で、 \[ Var(r_p)=\frac{r_p^2C-2r_pB+A}{AC-B^2} \] に$B/C$を代入すればよい。すると、 \[ Var(r_p)=\frac{1}{C} \] となる。ところで求めたい共分散は、 \[ cov(r_a,r_p)=\frac{r_a(B/C)C-(r_a+(B/C)B+A)}{AC-B^2}=\frac{1}{C}=Var(r_p) \] となる。すなわち最小分散ポートフォリオと任意の効率的フロンティア上のポートフォリオの共分散は、 最小分散ポートフォリオのリスクと同一になるのである。

 











「多数資産の組入れ」の項を参照されたい。

























$\sigma_p^2=w^t\Sigma w$はすでに計算した。











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